34 閉架
その日、リーンハルトは寮に戻らず家に帰った。早速父の書斎に向かい。書庫の閉架の鍵を借りに行く。
「あんなところに何の用があるのだ。まあ、希少な蔵書には変わりはないから、じっくり見ておくにこしたことはないが。私も一緒に行こうか?」
オスカーが心配そうな顔をする。あまり良くない魔力を帯びた本もあるからだ。
「父上、大丈夫ですよ。俺をいくつだと思っているんですか」
いくら優秀だと言っても父から見ればリーンハルトはまだ十六歳の少年だ。
閉架は書庫の地下にある。
リーンハルトは書庫の奥にある片開のドアから地下へと続く薄暗い階段を下りた。ひんやりとした独特の空気が漂う。ここには数年前、父と一緒に来たきりだ。いずれはリーンハルトが管理する場所だからと連れてこられた。
早速、魔術書が置いてある場所へ向かう。闇属性持ちはほぼ庶民で占められているが、希少で高価な魔術書を所持しているのは貴族だ。
魔術書は危険なものなので、所持している貴族はそれが市場に出回ることがないようにこうして地下に保管している。
書架を見て回っていたリーンハルトはすぐに違和感を覚えた。父はさらっと見回りに来るくらいだと言っていた。それなのに闇魔法に関する書物が置かれている場所だけ埃が払われ、妙に綺麗だ。特に黒魔術に関する書籍が集まっている場所が。まるで誰かが頻繁に閲覧している様に。
闇属性は他の魔力持ちとは少し性質が違う。魔術を執り行うのにより有利な力を持っているということだ。魔術は術式にのっとれば誰でも扱えると言われている。ただ闇属性がないと効果は出にくく、失敗することもある。特に光属性を持つ者は呪いに関する魔術が使えない。そのため、闇と光で打ち消しあうのではないかと言われてきた。
家族で光属性を持つのはレティシア。それにオスカーとリーンハルトが弱いながら持っている。つまりこの家で呪いを発動できるのはこの三人以外、使用人も含め全員だ。
分厚い本を手に取りぱらぱらと数冊をめくってみたが、古い本は古語で書かれていた。リーンハルトでも読み進むのに時間がかかる。
そして閉架には誰かが頻繁に出入りしている。
リーンハルトは執務室にいる父のもとに向かった。誰が出入りしているのか確認しておいた方がいいだろう。
「私が二、三か月に一回見回りをする以外は誰も出入りしていないよ」
仕事用のどっしりとしたマホガニーのデスクに座る父は書類から顔を上げて怪訝そうに言う。
「父上は黒魔術について調べているのですか?」
単刀直入に聞く。ありえないだろうが、一つ一つ可能性を潰していこうと思った。
「なぜ、そんなことを私が? 私の属性はお前とほぼ同じだ。保管はしてあるが、あまり気持ちの良いものではないから、手に取ったことはないよ」
オスカーが不思議そうに目を瞬く。
「それなら、他に閉架に出入りしたことのある者はいますか?」
「いや。ああ、そういえば一度魔法師の研究者が来たことがある。それ以外にはないな。市井の魔術師から申し出があってもそれはすべて断っている。家の本が悪用されては困るからね」
もっと最近だ。家にいて自由に出入りできる者。
「それなら、使用人とか……、家族とか」
「どうした。やけにしつこいな。何か気になることでもあるのか?」
「いえ、ただ黒魔術に興味がある者がいるのかと。黒魔術の本を誰かが閲覧しているように感じたので」
オスカーが表情を引き締める。
「そうだな。お前が何を調べているのか知らんが、質問には答えよう。もう随分と昔だが、ここにオデットが嫁いできたころ一度閉架に案内した。彼女は気に入らなかったようだがね。
後は執事のレスターに二、三年に一回掃除や虫干しを頼むこともある。そのさい彼はメイドを連れて行っている。お前も知っての通り魔力を帯びた本はほぼ傷むことはない」
「それで、そのメイドとは誰です?」
「たしか、前回はニーナだったと思うが」
この家のメイドや執事に魔力はないことは、雇う前に念入りに確認されている。別に魔力があってもよいのだが、闇属性持ちは閉架があるので念のため雇い入れていない。呪術を使った場合、魔力のない者よりもはるかに強力な効果を発揮するからだ。
「あとは、ミザリーを子供の頃に一度連れて行ったことがある。もう何年も前のことだ」
意外だった。彼女は魔法に興味はなく、社交的でよく令嬢達を集めて茶会を開いている。
「レティシアは?」
するとオスカーが苦笑する。
「彼女はないね。自分の勉強でいっぱいいっぱいのようだ。余計なことには興味をもたないよ。特に古い本などには全く関心を示さない。レティシアのことはお前の方がよく知っているんじゃないか? 一番仲良くしている」
仲良くしていると言うより、レティシアは困りごとがあるとすぐに相談しに来るのだ。社交的なミザリーとなぜか距離を置き、婚約についてまでどうしたらいいかなどと聞いてくる。姉妹でそりがあわないのだろうか。確かに性格は真逆だ。
頑張り屋ではあるが頼りないので、あのような様子で嫁に行っても大丈夫なのか本気で心配になる。婚家で困ったことがあったからと帰ってきて弟に相談するようでは問題だ。頼るべきは夫なのだから。
別に相談されること自体は迷惑ではない。頼られるのは嫌いではないから。だが、いつも彼女は要領を得ず、肝心なことを言わない。
レティシアが、少し不安定な様子だったので、つい調べてしまったが、気にし過ぎなのかもしれない。
呪われている確証があるわけではないし、何より彼女にはしっかりとした婚約者がいるのだから……。
リーンハルトに出来ることと言えば、危険だと思われる魔術書の上に小さく目立たない紙片を置くことくらい。
これで誰かが本を抜き取れば分かるだろう。だが、そう簡単に行くだろうか?




