33 一人で抱えるには重すぎて
レティシアはぼうっとしながら、学園カフェテラスで一人食事をとっていた。
かたりと横の椅子がひかれる。リーンハルトだった。彼はこれから昼食のようだ。
「姉さんどうかしたの? 心ここにあらずで、最近成績がふるわないようだね。結婚するのだからそれでもいいのだろうけれど。折角「C」クラスになれたのに「D」クラスに落ちるよ」
久しぶりに彼にきついことを言われた。先日ミザリーの件で、義弟との間は少しぎくしゃくとしている。
「そうね。がんばらないと」
ここのところ、また殺されるのではないかと気落ちすることが増えた。殺されるのに、努力していったい何の役に立つのかと、ふと弱気になる。
「あのさ、リーンハルト……」
どう言葉にしていいのか分からなくて言いよどむ。
「なに?」
「人って、何回も人生をやり直すことがあるのかしら」
「は?」
リーンハルトが驚いたように目を瞬く。こんな話をすれば、きっとまた彼に嫌われてしまう。だけれど一人で抱えるには重すぎて。
「何度も二十歳目前で殺されて過去に戻ってやり直すの。でも、毎回そこで殺される。どうして殺されるのか分からなくて、それなのにくり返して……。二十歳以降の人生がないの」
「……」
隣でリーンハルトが黙り込む。彼のアイスブルーの双眸が翳りを見せた。
「あ、ごめんなさい。こんなこと言ったりして。ただ、そんなことがあるのかなって。ふふふ、私ったら何を言っているのかしら」
慌てて取り繕うが、これで彼の信頼は失ったかも知れない。
「そういうの、聞いたことがある」
「え?」
「マリッジブルー。姉さんは、結婚するのが不安なんだよ。良くある話らしい」
リーンハルトが真面目くさった顔でいう。
「そう」
と言ってレティシアは穏やな笑みを浮かべて頷いた。
「あの、それと姉さん」
珍しくリーンハルトが言いよどむ。
「なに、どうかしたの?」
「アランと話したんだってね」
「え、ええ」
あの誠実そうなアランのことだ。リーンハルトに報告したのだろう。
「その……素敵な人だと言っていた」
「え?」
声が小さくて聞き取りづらい。
「いや、姉さんをいい人だと言っていたよ」
「ふふ、やっぱりね」
レティシアがいつもの調子でいうとリーンハルトが呆れたような顔をする。これで義弟との仲はいつも通りに戻っただろうか。
♢
リーンハルトは、レティシアにはああは言ったけれど、殺されて人生を繰り返すといっていた彼女の言葉が気になっていた。
「まるで呪いのようじゃないか……」
とてもレティシアがそんな妄想をするとは思えない。ならば悪夢か? 確かに結婚は迷っていたようだが、それで精神が不安定になるようなタイプでもないはずだ。
彼女は、すぐにむきになるし、最近では一生懸命隠しているけれど、元来カッとなりやすい。勉強が苦手なくせに努力家。いつも元気で、およそ複雑な思考など持たない。リーンハルトから見たレティシアは単純で気が短く、気の毒なほど不器用な人。
だから、ついいらぬ世話を焼いてしまいそうになる。
「何を伝えたかったんだ?」
レティシアが言いたいことが汲み取れなかった。もどかしい。
どうしても彼女の様子が気になり、その日は、学校の図書館によった。いつもは行かない魔術書のコーナーへ行く。闇属性持ちではないから、もともと興味もなかったし、詳しくない。だが、精神の不調でないのならば、可能性があるのは呪い。しかし、さらっと読んだだけでは人生を繰り返すなどという例はどこにもなく。
翌日、リーンハルトは昼休憩にバートンのいる研究棟を訪れた。丁度用事もあったし、ついでにレティシアの言っていた話を聞いてみようと思った。
「バートン先生、例えばの話なのですが、人が同じ時を繰り返すというような呪いはありますか? もしくはそのような悪夢を見せられるとか」
バートンの茶色い瞳に好奇心の光が宿る。
「聞いたことはないが、面白い。まあ人生をやり直したいと思う者もいるだろうから、人によっては呪いどころではなく希望だろうね」
「いえ、そういうものではなく、自分が殺されて時が戻るという感じでしょうか。それを何度も繰り返す」
「具体的だね。何か実例でもあるかい?」
バートンがリーンハルトの話にかぶせ気味に言う。わくわくした様子だ。どうやら研究者のおかしなスイッチを入れてしまったらしい。
「いえ、そう言うわけでは。もし、それに似通ったものをご存じならば、教えていただきたいと思いまして」
やはり、バートンも知らないようだ。そもそも彼は魔術ではなく光魔法を研究している。
「まあ、君の言う通り、悪夢なのだろう。ただ、それを呪いによってくり返し見せることは可能だとは思うよ。
いまは禁術となっているけれど昔呪殺などが実際にあったのは知っているよね?」
「はい、例え失敗に終わったとしても使えば死罪です」
「そう、そのうえ呪殺に適性のある闇属性は殆どが庶民にあらわれる。だから王侯貴族にとっては脅威だ。いまだに呪法は残っているが、使えば死罪だ」
リーンハルトはふと疑問に思った。
「しかし、誰かを呪ったと言っても、呪術の現場を押さえなければ捕まりようがないのでは?」
そう考えると「呪殺」というのは便利だ。昔王族を暗殺するのに使われたのというのも頷ける。
「最もな疑問だ。だが、人を殺すほど大きな黒魔術を使うと痕跡が残るんだよ。それが強ければ強いほど。この学校で闇属性持ちの生徒に教えている「占い」や「呪い」とは違う」
それは初めて聞く話だった。バートンはなおも言葉をつぐ。
「本物の『呪い』というのは精神に作用する。相手に呪われていると思い込ませることで殺すこともできる」
「そんなことができるのですか?」
リーンハルトはいくらバートンのいうこととはいえ懐疑的だ。
「優れた呪術師というのは人の心に働きかけられるのだ。もちろん、強い心を持った者はそうはいかない。だが、弱い人間の嫉妬や憎悪それら負の感情を増幅できると言われている。
昔の文献にはこんな実験の記録があった。優れた呪術師が被験者にパンを食べさせ、それに猛毒があると信じ込ませる。するとね、本当にその被験者は死んでしまったんだ」
「なんて惨い事を……」
眉根をよせるリーンハルトにバートンは優しく微笑かける。
「そう、だから、呪いにはいくつか禁術が存在する。残酷なものだからね。そして、昔の呪いの名残は、今教会で売られているアミュレットにある」
「魔よけのアミュレットですか?」
「魔とは呪い。闇魔法と相克にある光魔法を使い強い呪いを弾けると考えられていた。だから、あれには微力ながら光の魔力が閉じ込められている。気休め程度で、呪殺にあらがえるものではないけれどね。
まあ、君がさっき言っていた殺されて人生を繰り返すという悪夢を見せるのも、強い呪術師ならば可能かもしれない。しかし、随分と陰湿なものだと思うがね」
リーンハルトは教会に祈りに行くのならば、図書館に書物を読みに行くタイプでそれほど信心深くはなく、アミュレットに興味もなかった。
「君も光属性を持っているのだから、少し興味がわかないかい」
「私のはそれほど強くありませんから、姉なら興味をもつかもしれません」
レティシアには言っていなかったが、実はリーンハルトは珍しい五属性持ちだ。それもあってバートンと親しくしている。
光属性もあるがレティシアほど強くはなく使い物にはならない。他の属性は平均以上だが、水魔法だけずば抜けているので、専攻していた。
だが、闇属性は持っていない。不思議なことに闇と光どちらも持っているものはいないのだ。打ち消し合うものだから、同時に持てないと言われている。それならば水と火もそうなりそうだが、実際にはリーンハルトのように両方持つ者もいる。
そのため、光と闇は少し性質の違うものだと言われ、魔力の根源についてはいまだわかっていない。
シュミット家の閉架には古の魔導書が眠っている。良くない魔力が封じ込められている書物もあるので、あの空間に行くのはいい気持ちはしないが、調べてみることくらいは出来る。
これ以降不定期更新になります。お付き合い頂けると嬉しいです。




