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31 彼女に嫌われていることは確かで

 トレバーとの交際は順調に進んで行った。


 月に二度、彼とは会っている。付き合い始めて三月が過ぎる頃、ブラウン家のタウンハウスに招かれた。行くには勇気がいったが、避けては通れない。レティシアは不安な内心を押し隠し、快くおうじた。


 やはり、そこは記憶にある通りで、レティシアは恐怖を感じたが、以前ほど強いものではなく、何とかやり過ごすことが出来た。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 前は上手く行かなったブラン子爵夫妻とも和やかな雰囲気の中で過ごせた。


 二人で、ブラウン家のバラが咲き誇る庭園を散歩する。

「ねえ、レティシア。今度君を訪ねて学園に行ってもいいかな?」

「え?学園に? 関係者以外立ち入り禁止よ」

学園は学校でもあるが魔法の研究機関でもあるから警備が厳しく家族以外の出入りは禁止されている。

「僕は関係者だよ。婚約者じゃないか」

「確かに、そうですね。でもこうしてお会いできるのにどうして? トレバー様もおいそがしいでしょう?」


「僕らは月二回会っているだろう。だけど君が試験期間に入ってしまうとひと月近く会えないじゃないか。だから、君の好きな焼き菓子でも差し入れにいくよ。それくらいなら君の勉強の邪魔にもならないだろう」


 レティシアはトレバーのその言葉に目を瞠る。

細やかな気遣いが出来る人なのだ。今更そんなことに気付くなんて……。彼を知っている気になっていた自分が恥ずかしい。



 今回のトレバーとの仲はゆっくりと進んでいて、来月初めて二人でカフェに行く約束をした。確か二回目のこの時期は舞踏会に行き、遊んでいた。

 二人は随分違う道を歩んでいる様に思う。だから、きっと大丈夫……。





「ねえ、レティシア、トレバー様とはどう? 上手くいっている」


 シュミット家のサロンで一人茶を飲みぼうっとしていると、ミザリーが入ってきた。彼女は心配そうにそう問うけれど、腹のうちでは、何か画策しているのかもしれない。


 言い知れぬ不安に見舞われる。悔しいはずなのに、彼女が怖い。どうしてもかなわない気がする。それに何を恨まれているのかがさっぱりわからない。

 理由は毎回戻る13歳よりもずっと前にあるのだろうか?


 ミザリーは過去、いずれも「分不相応な」という言葉を口にしていた。ならば、今回の結婚はレティシアにとって「分不相応」なことなのだろうか。


「今のところ順調にすすんでいるわ」


 レティシアは慎重に答える。


「そう、困ったことがあったら、いつでも相談に乗るわ。だってあなたは私の義妹だから」


 ミザリーの親切な言葉にレティシアの中でもやもやとして黒い感情が姿を現す。


「私の事よりもお姉さまの婚約者を探さなくてはね」


 そんな風に切り返すと、ミザリーがピクリと反応し、瞳に一瞬嫌悪の色が浮かぶ。なぜか、今回のミザリーもまだ婚約者がいない。


「探す必要もないわ。たくさんお話はいただいているから。ただどなたにしようかと迷ってしまうだけ」

「そう、なら私もどなたに決めるかお手伝いしましょうか?」


 いけないと思っても、少しむきなってしまうのが自分でも分かる。ミザリーはパッと扇子を広げると口元を隠す。


「結構よ。社交の場にほとんど出ないあなたに殿方の事はわからないでしょう? そうね。私も婚約の打診があなたのように一件だけしか来ないなら、悩みもしないのだけれど、いろいろと声をかけてくださる方が多くて迷ってしまうの。でもこういう事って自分で決めるべきでしょう? 他人に相談することではないわ」


 ミザリーは美しいし、人にも好かれる。だから、彼女の言っていることは本当なのだろう。しかし、レティシアの婚約が気に入らないのは確かだ。


 そしてレティシアはミザリーにとって他人なのだ。

 彼女と話してますます悶々とした気持ちを抱える羽目になった。





 その晩、レティシアはリーンハルトの部屋を訪れた。


「あの勉強の邪魔をしてごめんね。少し話があるのだけれど」

「なに?」


 リーンハルトは読んでいた書物を閉じるとティーテーブルに茶の準備をさせた。


「お姉さまの事なのだけれど」

「どうかした」

「私の結婚についてどう思っているのかと、本当は自分より先に結婚が決まった私に腹を立てているんじゃないかと思って」

「まさか」

「だって、たくさん縁談が来ているのに、選べなくて決まらないだなんておかしいじゃない。お姉様にはあまりいい条件のお家からきていないの?」


 ミザリーに来ている縁談は、トレバーよりも条件が悪いのかもしれない。レティシアはそんな推測に至った。


「姉さんは何が言いたいの?」


 リーンハルトの青い瞳に非難の色がうかんでいる。ミザリーは彼にとって血をわけた大切な姉だ。そして、彼はレティシアの事は「姉さん」と呼び、ミザリーの事は「姉上」と呼ぶ。

「父上」、「母上」、「姉上」、レティシアの事は「姉さん」と……。確かに、これは彼に相談すべきことではない。彼らは本当の家族なのだから。


「あ、いえ、ごめんなさい」


 自分一人で、決着すべきことのだ。


「俺に探りなど入れていないで、腹を割って話し合ってみたらどうだ」


 びしりと言われた。リーンハルトには見透かされてしまう。彼の言う通りだ。しかし、ミザリーの腹の中はきっと真っ黒。レティシアは早々に彼の部屋を立ち去った。




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