26 ループ2 来訪者
終わってみればあっという間の五年間だった。卒業制作を終え、学園生活を終える。ちなみにリーンハルトはまだ学園に残っている。彼は王宮に仕えることなく、学園に残ることを選んだ。いま研究過程に進み勉学に打ち込んでいる。
きっと彼は良い跡取りとなり、優秀な魔法師となるだろう。
一体どういう加減でこういう変化が起こるのかレティシアにはわからない。そして、卒業後レティシアはアーネストと結婚する予定だ。
今回は遊ぶ間もなく、社交もろくにせず、結婚することになった。どうしても出席するようにと言われた夜会でトレバーを一度見かけたが、彼とは一言も話すこともなく、ただすれ違っただけ。
一度は冷え切った夫婦になり、二度目は仲の良い婚約者同士となり、三度目は無関係な他人。思えば彼にとってはその方が良かったかもしれない。レティシアと一緒になることで彼は不幸になるのだろう。
整った面立ちと彼の優しい光を湛える緑の瞳が懐かしい。不思議と初めの嫌な思い出よりも、二度目の楽しかった思い出の方がずっと印象に残っている。
初めて、人に愛された記憶。切ない気持ちを心の奥底にしまい込む。
そんな感傷を振り切って、アーネストの妻となる。彼はもちろん夫として申し分のない人だ。レティシアは近いうちに彼を心から愛することになるだろう。そんな予感があった。物静かで落ち着いていて思いやりのある人。
そして、一番心配だったミザリーだが、この結婚に別に何か言って来ることはなく、むしろ祝福してくれている。しかし、彼女の心のうちまでは分からない。絶対に本心をみせないから。
二十歳の誕生日まで油断は禁物だ。
無事二十歳をむかえたならば、それから改めてミザリーの事は考えようと思った。
レティシアは結婚の準備で忙しい日々を過ごしていた。
そして結婚式の前日急な来客があった。Dクラスで一緒だったマリーナがやって来たのだ。もちろん唯一の友達として、彼女も明日の結婚式に招待している。彼女は卒業後家庭教師として働くことがきまっていた。
「ごめんなさいね。明日結婚式という時に押しかけてしまって」
「別に構わないわ。もう準備はすんでいるし」
緊張していたので、いい気分転換にはなったが、忙しいことには変わりなく、結婚式の前日にたずねてくるなど、本来ならば褒められるものではない。しかし、彼女にはそう言う強引なところがある。女友達とはこうものなのだろうかとレティシアは思った。
「実はね。これをあなたにと思って」
彼女が持ってきたのは王都で評判の菓子店の焼き菓子だった。
「すごい。良く手に入ったわね」
本当に手に入りにくいものでレティシアは感心した。
「ええ、だからぜひあなたと一緒にと思って」
「ありがとう、あのでも……」
彼女は交換条件の人だ。なにか叶えて欲しい願いでもあるのだろうか? 慌てだしたレティシアを見て笑いだす。
「やだ、心配しないで、リーンハルト様を紹介してなんて、もう言わないから」
彼女はリーンハルトに相手にされなかったらしい。丁寧にだがきっぱりと断られたといっていた。彼はいま、魔法の研究に夢中だ。嫡男であるから、いずれは結婚しなくてはならならないのに少し心配になる。
それから、レティシアはありがたく焼き菓子を頂いた。しかし、緊張していたせいか、あまり味が分からない。正直にいってしまえば、評判ほど美味しくはなく、コーヒーが混ぜられているせいか少し苦みがあった。
「あまり、長居しても申し訳ないから」と言って、三十分ほどで、マリーナは帰っていく。しかし、結婚式前日の夜来るというマリーナの非常識な態度に、義母オデットは眉をひそめていた。
翌日は天気も良く、レティシアはみなに祝福され無事結婚式を終えた。
緊張しながら、コーエン伯爵家のタウンハウスについた。今日からレティシアはコーエン伯爵夫人になり、この屋敷が家になるのだ。屋敷の規模はシュミット家とそれほど変わらないが、蔦の絡まるレンガ造りの建物は瀟洒な雰囲気で、実家とは違う明るさとしゃれた雰囲気がある。
そして、今夜、アーネストと初夜を迎える。
レティシアは学園が忙しくて、彼と過ごす時間はとても短かったが、人となりは前回でわかっている。だからそれほど不安はない。
与えられたコーエン家の自室で少し休んでいると来訪者があると知らされた。
もう人を訪ねるには時間だし、今日この時間に訪ねてくるなど非常識だ。断ろうとも思ったがシュミット家の使いで、急ぎだと言う。
仕方なくレティシアは、自室に通した。いったいなんだと言うのだろう。ほんの少し胸騒ぎがする。部屋に入って来たのはニーナだった。
「ニーナ、こんな時間になんのつもりなの?」
嫌な予感がした。しかし、部屋にはコーエン家のメイドもいる。めったなことはしてこないだろう。
「お嬢様申し訳ありません。ですが、ミザリーお嬢様から、どうしても今夜中に手紙を渡すようにと申し付かりまして」
「手紙?」
手紙ならば害はないだろうが、それにしても……実家に急病人が出たというわけではないのにどういうつもりなのだろう。
「わかったわ。受け取るから、あなたはもう帰りなさい」
そう言うとニーナが困ったような顔をする。
「それが、レティシア様が読み終わるのをみとどけるようにとミザリーお嬢様から申し付かっております。あのどうか今ここでお読みいただけませんか? お願い致します」
一体なんだと言うのだろう。必死な様子で、ニーナが頼むので聞いてやることにした。
嫌な予感がするが、手紙を読むだけだ。別に害はないだろう。それにニーナには早く帰って欲しい。
レティシアは自室の文机に座るとペーパーナイフで手紙を開封した。便せん七枚ぶんあり、細かい字でびっしり書いてある。これは読むのに時間が少しかかりそうだ。
何か恨みつらみでも書いてあるのだろうかと暗い気持ちで読み始めたが、その内容はレティシアの結婚を祝うもので、別段嫌がらせでもなかったが、急ぎでもなかった。
かえって不自然に感じる。なんでこんな緊急でもないものを送り付けてすぐに読むように強要したのだろう。少し神経に障る。
最後に、追伸とあった。
――レティシア、昨日の焼き菓子の味はいかがでしたか? あれは私が特別につくらせたもので、親しい友人のマリーナに届けさせたの。
あの焼き菓子をあなたが口にしてから、そろそろ一日が過ぎますね。あれには遅効性の毒が入っていてもうすぐ効き目が出る頃。あなたは死にます。分不相応な……
その先は目の前が暗くなって読めない。きっと罵詈雑言が書かれているのだろう。悔しくて叫ぼうとしたけれど息が苦しくて、指一本動かせない。レティシアは崩れ落ちた。
どうして?




