25 学園の休暇
学園のまとまった休暇に家に呼び出された。レティシアは、リーンハルトより、家に帰っていなかったが、とうとうオスカーに呼び出された。
帰ると執事から、サロンに来客があるから挨拶に来るようにと、父からの伝言を伝えられた。面倒くさいと思ったが、行くしかない。
そこには養父母にミザリー、一足先に帰ったリーンハルトに前回ミザリーの婚約者だったアーネスト・コーエン伯爵がいた。
なるほど、ミザリーの婚約が決まったから帰って来いと言ったのかと合点がいった。
レティシアは親切なアーネストが好きだ。前回からときがたち、懐かしさを感じる。彼に丁寧に挨拶すると席に着いた。
会話の中心はいつもどおりオデットとミザリーで、レティシアは余計な口は挟まず黙っていた。
これでミザリーが幸せな結婚をしてこの家から出て行ってくれれば、レティシアに殺意を抱くことはないだろう。きっと未婚の義妹など相手にしない。それにこの二年ほとんどミザリーとは顔を合わせていないのだからと、ほっと胸をなでおろす。
ミザリーには過去ひどい目に合わされてきたが、振り返ってみると自分もそれなりに悪かった。だから、仕方がないと何とか己を納得させる。
正直、悔しい気持ちはある。彼女は人を殺しておいて、何のお咎めもないのだから。だが、二度も殺された間抜けな自分は多分彼女に復讐すべきではないのだ。
きっと裏をかかれるに決まっている。
今回はトレバーがかかわってこないのが、少し寂しい。今世では彼と結婚する未来はないのだろう。随分とあっさり縁が切れるものだ。どうせなら、ミザリーと切れたかった。
「レティシア、二人で庭園をまわってくるといい」
「え?」
父の言葉に顔を上げる。レティシアはトレバーとの回想に浸っていて、心ここにあらずの状態だった。
アーネストが優しくレティシアにほほえみかける。
最初は何のことだかわからずきょとんしていたが、だんだんと状況が飲み込めてきた。
どういうわけか、今回はトレバーではなくアーネストがレティシアの婚約者候補のようだ。慌ててミザリーの顔を見るが、にこやかなばかりで、彼女の心は全く読めない。
そして、次の週にはレティシアとアーネストの婚約は決まる。自活しようと決意した矢先の出来事で、戸惑いはあったが嬉しかった。決意は揺らぎ、あっという間に翻意した。そんな自分に少し呆れる。
アーネストは前回、レティシアの憧れの人だ。ただ一つの懸念は、ミザリーだ。彼女はこの婚約についてどう思っているのだろう。
相談相手はリーンハルトしかいない。学園では捕まえにくいが、家ならば彼の部屋に突撃するまでだ。
「お前……。何しにきたんだよ」
リーンハルトが嫌そうな顔をする。彼は背も伸びて声も低くなり、随分大人になった。
「いえね。私の婚約の事なのだけれど」
「ああ、決まって良かったな」
これは皮肉ではなく、祝福してくれている。彼のアイスブルーの双眸はいつもより温かい。レティシアが嫌いなくせにそういうところは育ちがいいせいか素直だ。
「そうじゃないのよ。ほら、お姉さまはどなたと婚約されるのかと思って」
「え? もしかして、姉上より先に婚約したことに気がひけるのか?」
やはり、ミザリーの婚約相手は決まっていないのだ。その事実知った途端どきどきと心臓は早鐘をうつ。
「お姉さま、あれほど美しいのに、なぜ婚約者がいらっしゃらないの?」
「そんなこと、どうして俺に聞く?」
リーンハルトは少し迷惑そうに眉間にしわを寄せる。
「本人に聞くほどデリカシーがないわけじゃないわ」
「なるほど」
「で、どうしてなの?」
いやいやながらも教えてくれた。
「実は姉上にも少し前に婚約の話があったのだが、本人が乗り気ではなくてね。いま暗礁に乗り上げている」
「え? 何か問題のあるお方なのですか?」
「いいや、俺はそう思わないし、父上もそうは思っていないが、姉上は相手の家格が気に入らないらしい」
「どうして? もしかして、お姉さまはアーネスト様がご不満で、それで私に回って来たの」
「お前、それアーネスト様に失礼だろう? それにあちらは最初からお前を指名している」
義弟の眼差しが鋭くなる。
「え? どうして私を? お姉さまのほうがずっと綺麗なのに」
レティシアがぽかんとすると、リーンハルトが目を瞬いた。
「意外に謙虚なんだな」
「リーンハルト、いったい私のことを何だと思っているのよ。それはちょっと失礼なんじゃないかしら」
しかし、義弟はそれを聞き流す。
「光の魔法の属性があって、魔法師になるべく勉強しているお前に興味を持ったようだ」
そういわれるとちょっと嬉しい。苦労して勉強してきたかいがあった。しかし、その目標は自活だったが、それもアーネストの登場であっさりと覆る。自分の意志の弱さをつくづく実感した。
やはり、自活という先の見えない未来に踏み出すのは怖い。それならば、穏やかな性格の人とともに歩むことを選ぶ。アーネストがレティシアを選んでくれたと言うのなら、なおさらだ。
それよりも気になるのは、ミザリーの結婚だ。
「お姉さまが縁談に難色を示すなんて思っていなかったわ、やはりお相手に問題があるのよね。そうでしょ? リーンハルト」
レティシアはどうしてもことの顛末を知っておきたかったので、彼にたたみかける。
「しつこいな。めったなことをいうなよ。ブラウン子爵のトレバー様といえば、社交界でも評判いいし、ブラウン家はうちよりも裕福だ」
「え、トレバーって、あのトレバー様?」
聞き間違いだと思いたい。
「は? あのトレバー様か、そのトレバー様かは知らないが、ブラウン家のご令息だ」
「そんな、どうして」
ショックを受けるレティシアをみて、リーンハルトが不審そうに眉をひそめる。
「知り合い……のわけないよな。第一、レティシアは夜会にもほぼでていないし」
「ええ、ええ、そうね。どなたか存じ上げないわ」
そう言いおいて、レティシアはふらふらとリーンハルトの部屋から出て行く。どこをどう周って自分の部屋まで戻ったか分からない。それほど、混乱していた。
なぜ、婚約者が入れ替わってしまったのだろう。
同じ伯爵家といってもアーネストの家は家格もたかく、前回も前々回もミザリーはそれを誇りにしていた。だからブラウン家に嫁ぐことに納得がいかないのだろうか?
レティシアはその自分の考えに、ぶるり震えた。まさか、今までの恨みの原因は嫉妬? そんな馬鹿なことがあるわけがない。ミザリーはいつでもレティシアより美しくすぐれていて、何もかも持っていた。
(ミザリーが私に嫉妬などするわけはない。今回はきっと大丈夫……)




