02 目覚め
カーテンの開く音にうっすらと目を開くと、そこはいつもの天蓋付きのふかふかのベッドだった。人に嫌われてばかりの人生だったけれど、ここは天国なのだろうか?
「レティシア、目が覚めたのね」
誰かが優しく、額の汗を拭く。
「良かった。熱は下がったようね」
ふわふわの金髪、澄んだ薄茶色の瞳、天使のような笑み。義姉ミザリーは記憶の中にあるよりも幼い。
「え? お姉さま、どうして」
レティシアは、弾かれたように起き上がる。すると視界がぐるりと回った。
「お嬢様、駄目ですよ。無理をしては」
聞き覚えのあるメイドの声。目の前にアナの顔があった。確か彼女は十七歳で結婚してこの家を去ったはず、それがどうしてここに?
「アナ、あなた結婚したんじゃなかったの? どうしてここに?」
「はい?」
アナがびっくりしたように首を傾げる。
「お嬢様、どうなさったのです。私は結婚などしていませんが」
レティシアは自分の手を見る。小さくて幼い。そしてミザリーを見る。
「どうしたのレティシア随分とうなされていたようだけれど。何かおかしな夢でも見たの?」
ミザリーがレティシアに触れようとする。ミザリーにされた仕打ちを思い出す。嫌悪を感じ反射的に避けた。
「やめて、私に触れないで!」
するとミザリーが悲しそうな顔をする。
「ごめんなさい。あなたは人に触れられるのが嫌いだったわね。もう、具合がよさそうだから、私、行くね」
そう言って、ミザリーは肩を落とし部屋から出て行く。レティシアの胸がチクリと痛んだ。彼女の顔は記憶にあるよりもずっと若い。
「アナ、私、いくつなの?」
「は?」
真面目腐った顔でレティシアが聞くとアナが呆れたような表情を浮かべる。十三歳だと教えてくれた。時間が遡った?
「そんな事より、ミザリーお嬢様は、熱の下がらないレティシアお嬢様を心配して、ずっとついてらしたのですよ」
思い出した。レティシアはひどい流感にかかって寝込んでいたのだ。
その時、窓辺の花が風でそよと揺れた。とても綺麗なスイートピー。誰かが庭から摘んできて飾ってくれたのだろうか?
「あの、お花……」
「ミザリーお嬢様が摘んできてくださったのです」
「え?」
義姉はレティシアを心配してくれていたのだ。あれはレティシアの僻みがみせた悪夢? たぶん、そうなのだ。だいたい、トレバーなんて、どこの誰か知らない。
それに天使のように優しく、上品なミザリーがあんな真似をするわけがないのだ。
翌週から、引きこもっていた自室から出て、渋々、家族と食事をするようになった。この時間ははっきり言って憂鬱だ。
上流階級のシュミット伯爵家の面々は皆上手にナイフとフォークを使いこなす。あいかわらず、レティシアだけが、ガチャガチャと食器を鳴らして食べる。
「もう少し静かに食べられないの?」
生意気で気取り屋な十二歳の義弟リーンハルトに注意された。彼は三度に一度はレティシアのテーブルマナーにケチをつけてくる。
「リーン、レティシアは、病み上がりなのよ。それくらいにしてあげて」
ミザリーがフォローを入れてくれる。リーンとはリーンハルトの愛称だ。レティシアは義弟にそう呼ぶことを許されていない。許されたとしてもぜったいに呼ぶものかと思っている。
「そうは言ってもミザリー、レティシアはこの家に来て二年経つのよ。もうそろそろきちんと食べられるようになってもいいんじゃないかしら。ねえ、レティシア」
義母のオデットがレティシアを鋭い目で見る。
「十五歳になったら社交デビューするんだ。礼儀はきちんと身につけろ」
と今度は義父のオスカー。
レティシアはカッとなった。だから家族そろっての夕食など嫌なのだ。
「私は、あなた達とは生まれだって、育ちだって違う。同じように出来るわけがないじゃない。無茶言わないで!」
レティシアは、皿の上にがちゃんと投げ出すようにナイフとフォークを置くと泣いて席を立ち、食堂から、出て行った。
(私は、彼らとは違う。どう頑張ったってあんなに美しい所作が身につくわけがない。どうしてわかってくれないの?)
自室で、やわらかな羽根布団にくるまりながら、泣く。そばではメイドのアナがレティシアの癇癪をもてあましオロオロとしている。
(いつもそうだ。私だけ仲間外れ、リーンハルトがしつこく文句をつけてくる。そして、ミザリーだけが私を庇ってくれている……)
二十歳の誕生日を目前にレティシアは処刑された。ベッドで目を覚ました時は時間が遡ったのかと思った。でもそんな馬鹿なことがあるわけがない。優しいミザリーがあんなひどい事するわけがない。
この家で味方はミザリーだけ。




