18 義弟は苦手
レティシアは思う。二度もミザリーに殺された。悔しいし、できるならば、同じ痛みを味わわせてやりたい。だが、頭の良いミザリーに勝てる気がしない。二度ともまんまと出し抜かれているのだから。
いまだってあの澄んだ薄茶色の瞳と、優しい笑顔に騙されそうになる。
殺されないためには、早くこの家を出て行くしかない。そして何らかの方法で彼女とは関係を断つ。やられっぱなしなのが悔しいが、生きることを諦められない。
翌日レティシアは初めて家の書庫に足を踏み入れた。三回目の人生で初めてだ。
圧倒されるほどの本の数、時間をかけてやっと魔導書がずらりと並ぶ書架を見つけた。本の背表紙ならば、難しくても何となく読めると思ったが甘かった。
それに、数があり過ぎてどれを選んでよいのか分からない。その上この家には閉架という隠し書庫もあるという。さすがにそこには入門書などないだろう。
迷っているのも時間の無駄なので、片端から読むことにした。手当たり次第に見て行けば、読みやすい本が見つかるだろう。
しばらくして、リーンハルトが書庫にやって来た。彼はここへ良く来るらしい。レティシアはなるべく友好的に見えるように愛想笑いを浮かべた。が、あっさり黙殺される。
いままで、伯爵家嫡男である彼にしてきた失礼を考えれば仕方がないのかもしれない。貴族とは元来プライドの高いものだ。レティシアは来る日も来る日も魔導書とにらめっこをしていた。
じっと見ていれば、そのうち意味が分かるようになるかもしれないと思ったりもしたが、実際はさっぱり分からなかった。
「お前は馬鹿なのか?」
後ろから静かに罵倒され、振り返るとリーンハルトだった。レティシアの顔が引きつる。
「それは上級者用だ」
「え?」
驚いて目を瞬く。もしかして教えてくれるの?
「この書庫には入門書も初級用の本もあるが、本を当たるより、まずはお前の魔力適性を知ることが大事だ」
「マリョクテキセイ?」
訳が分からないというように首をひねる。義弟は、はあとため息を吐くと。レティシアの横の椅子を引いて腰かけた。
「魔力には属性がある。火、水、風、土、光、闇」
「へえ」
初めて聞く話で素直に感心した。
「魔力のあるものはたいてい、火、水、風、土のどれかに適性がある」
頭がこんがらがりそうになった。
「あの、適性って一つだけですか?」
なぜか一つ下の義弟に丁寧語、ものを教わっていると自然とそうなる。彼はまるで家庭教師のような口調だ。
「いや、複数、適性がある場合もある。だが、その中でも得意、不得手などがある」
「リーンハルトは何に適性があるの?」
「お前には関係ないだろ」
これには少しカチンときた。
「もしかして、どれにも適性がないとか?」
つい挑発するような言い方をしてしまった。
「違う。俺は強いていえば水で、氷が得意だ」
彼の瞳は冷たいアイスブルー。ぴったりだ。レティシアはふんふんと頷いた。
「まあ、お前も水、火、土、風のどれかだろう」
すっかり、「レティシア」ではなく、「お前」になってしまった。彼の義姉嫌いは加速し、ほとんど名を呼ばれることはない。
それ以前に、口を利くこと自体少ない。どだい関係の悪い者から、情報を得ようということ自体が無理な話なのだ。
気付けば、今世では関わり合いを持ちたくないミザリーとの方がずっとよく話している。
「そういえば、さっき属性には光と闇もあるといってなかった? どうして私はそこから除外されるの?」
「光と闇は極端に適性が少ないんだ」
彼の答えは端的だ。
「そうなの? なんだか光と闇ってイメージが浮かびにくいんだけれど。
光って、魔法師が使うライティング? みたいな、辺りを照らす魔法のこと?」
すると義弟の手のひらにぽっとオレンジ色の温かい光が生れた。
「ライティング、これの事か? これは生活魔法で、基本的なものだ。まあ、ときどき魔力があっても出来ない者もいるが、これと光属性とは違う」
いままで、義弟を生意気で口うるさくてプライドが高くて、気に入らないとすぐ舌打ちするし苦手だと思っていた。
だが、彼がさらりと魔法を使う姿を見て、はじめて尊敬の念が湧いてきた。
「すごいわ、リーンハルト!」
歓声をあげる。
「じっと見るなよ。気持ち悪い」
彼への尊敬の念は、一瞬でしぼんだ。こんな奴が伯爵家を継いで大丈夫なのだろうか。世の中は不公平にできている。リーンハルトは才能・容姿・生まれに恵まれているだけではないか。
そこでレティシアは慌てて首を振る。また思考がネガティブに陥りそうになった。僻んではいけない。それでは前々回の繰り返しだ。
「大丈夫か? いきなり犬みたいに首を振って」
今度は犬扱い。
「ええ、大丈夫」
レティシアは渾身の精神力で怒りを飲み込み、笑みを浮かべた。癇癪など起こしている場合ではない。




