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01 ループ0

 夜闇に紛れて森を走る。領主館からは充分離れたと思う。しかし、まだ油断は出来ない。


「奥様、こちらです」


 従者のアランに連れられて、レティシアは着の身着のままで屋敷から逃げ出した。母の形見の指輪だけはしっかり指にはめている。

 不思議なもので、彼とは特別親しかったわけではない。それなのに、命懸けで助けてくれる。それはそれで、レティシアにとってありがたい事ではあるが……。


「どうして? なぜ、あなたはここまでして私を庇ってくれるの?」

 ここでは皆がレティシアを嫌っている。

「ある方から、あなたを守るようにと頼まれました」

「ある方? なぜ?」

「あなたは可哀そうな人だからと」

「私が、可哀そう?」


 確かにレティシアは自分がかわいそうだと思う。その時、前方の茂みから、ブラウン子爵家の私兵が二人飛び出した。そして、後ろには夫トレバーと兵が迫って来る。


「奥様、この隙に!」


 そのとき活路を開こうと飛び出した従者が兵に袈裟懸けに斬られた。レティシアは反射的に彼に駆け寄る。

 傷は深く、助かりそうにもないのが一目でわかり、絶望した。レティシアは形見の指輪をぎゅっと握りしめる。

 

 どうしてこうなったの?


 その後、レティシアは王都近隣にあるバテスチ牢獄に入れられた。夫のトレバーに毒を盛ったという身に覚えのない罪で。


 

♢♢♢


 二か月前、レティシアの夫トレバーは毒を盛られて倒れた。幸い発見が早く二週間もすると元気になり犯人捜しを始めた。

 だが、その三日後にレティシアの部屋から毒物が発見される。身に覚えがない。確かにレティシアは夫を恨んでいた。彼は義姉ミザリーとただならぬ仲になっていたのだから。


「どうして? トレバー様、なぜ私を信じてくださらないの?」

「お前は、僕のことをひどく怒っていたじゃないか」 

「そんなの当たり前じゃない! あなたが、あなたが私を裏切ったんでしょ? ミザリーと浮気をするなんてひどい!」

 

 こんな状況にあっても彼の裏切りを思い出すと怒りがこみあげてくる。トレバーとは政略結婚だったが、それなりに愛していた。だが、それを彼に伝えたかというと、そんなことはなく。


「お前が、お前が、そんな性格だから疲れるんだよ! いつもいつも自分の事ばかりじゃないか!」

「そんな、酷い。だからって私は毒なんて盛っていない」

 


 義姉ミザリーは完璧な淑女だ。初めて会ったときは天使かと思った。ふわふわの金髪に澄んだ薄茶の瞳。いつも友達に囲まれて、魅力的で夜会や茶会では中心人物。


 レティシアはそんな彼女にずっとコンプレックスを感じ続けていた。


「どうせ私は、ミザリーお義姉様のように美しくも賢くもないわよ。皆ミザリーが好きなんでしょ?」

「そんなこと言わないで、レティシア」


 優しいミザリーはそう言って慰めてくれるが、トレバーは次第に冷たくなっていった。


「君の言う通りかもしれないね」

 レティシアの心は抉られるようだった。



 だから、最後に従者が命懸けで助けてくれたのが、不思議でたまらない。申し訳なく思う。この牢獄に入れられて、静かな時を過ごすうちに、自分は誰かに守られるほどの価値もない人間だと気付く。


 最初に彼らを傷つけたのは、ほかならぬ自分だと……。

 だからと言って、無実の罪を擦り付けられるほど恨まれているとは思いもしなかった。



♢♢♢



 朝、カビの生えたパンを運んで来た看守に告げられる。


「今日、お前の刑が執行される」

 

 自分が死ぬだなんて実感がわかない。そんな時、ミザリーが面会にやって来た。

 レティシアは複雑な気分だ。発端は、彼女が夫と恋仲になったことだ。裁判によると、レティシアは夫トレバーとミザリーの浮気を疑い妄想し、殺害する目的で、夫に毒を盛ったとされている。

 妄想などではない。屋敷で二人が逢引きしているのを見たのだ。それに毒など盛っていない。それどころか毒の入手経路すら知らない。 


 

 きっとミザリーのことだ。レティシアの夫との不倫を謝罪に来たのだろう。それともここから出してくれるのだろうか? 死刑だなんて罪が重すぎる。第一トレバーは生きているし、そもそも冤罪なのだから。極限状態にあって、ほんの少し希望の光が見えた。


 ミザリーは侍女を伴って、しずしずとやって来た。レティシアはその侍女を見て驚く。


「ニーナ、来てくれたの?」

 

 彼女はレティシアに親切に仕えてくれた侍女だった。最後に会えたのは嬉しい。彼女には散々世話になっている。レティシアの癇癪にも付き合ってくれた。

それなのに感謝のひとつも伝えていない。レティシアは鉄格子に駆け寄った。


「ねえ、私、あなたに伝えたいことが……」


 するとミザリーが、鼻にしわを寄せる。


「臭い」

「え?」


 レティシアはどきりとして後退りした。ずっと風呂に入っていないし、体も清めていない。するとミザリーが楽しそうに笑いだす。暗くじめついた牢獄にそぐわない、明るい声で。だが、それはいつものような天使の清らかな笑みではなく侮蔑が込められた下品な笑い。


「ふふふ、驚いた? ニーナは私の指示で動いていたのよ」

「え?」

 

 ミザリーはいったい何を言っているのだろう? さっぱり分からない。


「あんたみたいな、汚れた血と姉妹になった私の身にもなってよ? お父様も酔狂よね。いったいなんの慈善活動? もっと早く、こうなれば良かったのよ」


 汚れた血、レティシアの亡き母は貧民で、下町の酒場で働いていた。もちろん、その事実は厳重に隠されている。実家の家族しか知らない秘密。


「何をいっているの、ミザリー? どうしてしまったの? あなたは私から夫を奪ったのよ!」

 

 ミザリーは、レティシアの夫と恋仲になるまで、完璧な淑女だった。それがどうして? 頭が混乱する。いつでも優しく親切で寛容だったミザリー。


「かわいそうなレティシア、あなたを愛する人は誰もいないわ。トレバーはね。あなたと結婚する前から、私を愛してくれていたのよ」

「嘘、嘘よ!」


 レティシアは膝から崩れ落ちた。そんな彼女を牢番がずるずると刑場まで引きずって行った。


 いやだ。こんなことで死にたくない……。いったい何がどうなっているの?

 どうして死ななきゃいけないの?


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