相思相愛
「おはようございます」
湊たちはレストランへ向かった。
「五◯四号室の賽目様ですね。こちらへどうぞ」
従業員に四人がけのテーブル席を案内された。
テーブルにはすでに善が二つ用意されていた。
白米に味噌汁、焼き鮭、卵焼き、おひたしに冷奴、そしてサラダといかにも旅館の朝ごはんらしく食卓が飾られていた。
周りを見渡すと昨日バスで一緒だった避難者と職員しかいなかった。
やはり我々以外でここに宿泊している人はいない模様だった。
「いただきます」
湊はそういうと卵焼きを口にした。
旅館でよくある砂糖が少し入った誰にでも愛される卵焼きの味がした。
芽衣は目をキョロキョロさせながら、結局白米を頬張った。
「やっぱり人俺たちしかいないな」
「そうだね。この時期って珍しいのかな」
「それもそうだけど、何より近くに富士山があるからみんな行きたがらないんじゃないのかな。旅館にしてみれば人が一人も来ないってことは収入はゼロ逆に利益がマイナスになったんじゃないのかな」
「じゃあ私たちのおかげでこの旅館も持ち直したかな」
「まあ、俺たち三十人あまりじゃ足りないかもしれないけど、俺たちを招き入れたことは旅館にとっていい宣伝かもしれない。ほら、避難者を受け入れた旅館ってなんかいいイメージがあるだろ」
「ちゃんと私たちが役に立ってるんだね」
「ん?」
芽衣は箸を止めた。
「いや、なんかここ最近ずっといろんな人に世話してもらってばっかりだから、なんかわたしたちって邪魔な存在なのかなって思っちゃったりして…」
「金食い虫ってか」
湊はほんの冗談を言ったつもりだったが、芽衣は笑わなかった。
「うん。なんかやっぱり何かしてもらったら、私たちも何かしてあげる、そんな関係じゃないと自分たちの居場所がなくなっちゃう感じがして」
「へえ。たまには芽衣もいいこと言うんだな」
「失礼ね。私だってただ他の人の後をついていくだけじゃなくて、そこから何かを学んで、アレンジを加えて、自分らしさを追求してるんだからね」
「芽衣も成長してるんだな」
湊は父親のような立ち位置で芽衣に告げた。
「人は支え合って生きていかなくちゃならない。一人で生きていくことは不可能だ。自分は役立たずと思っていても人生に一度や二度は自分が人の役に立ったんだと感じれる時が必ずある。何より、芽衣が今俺のそばにいてくれるだけでも俺の役に立ってるよ。ここまでずっと一人だったらどうにかなってたよ。芽衣がいたから俺もまだ明るく振る舞えるんだ」
「そうだよね! 私も湊と一緒に入れてすごく嬉しいよ」
湊の言葉で芽衣の元気が戻った。
そう…今の二人には互いが必要不可欠。喜ぶ時は一緒に喜び、悲しい時は寄り添って互いを慰め合う存在。二人が一緒にいる限り二人に暗雲は立ち込めない。
それが大切な人がいる者たちの宿命なのだ。