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天災 冷酷無残  作者: 蒼蕣
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英雄念

「さあな、どうだろ。俺一人の命で大勢の命を救えるんだったら、喜んで犠牲になるかもな」

この時芽衣は湊が本当の意味で頼れる存在であることへの誇れる気持ち、そして彼の存在が自分からどんどん遠のいてしまうことへの寂しさと葛藤していた。

それから数日経ったある日、ようやく事態に進展があった。湊たちの正式な避難場所と日程が決まったのである。それまでは日に日に迫り来る水におびえていることしかできなかったのが、避難することが決まり、住民たちはようやく安堵の表情を見せた。移動する日は三日後。

ようやく浸水が始まっている地域からの脱出ができると、住民たちは喜んだ。しかし続く避難場所が発表された瞬間その歓喜が静まり返った。場所は予定されていた長野県上田市ではなく、静岡県御殿場市だった。御殿場市といえば大型のショッピング施設があることで有名だ。今湊たちがいる場所よりも内陸部で水がすぐに迫ってくる心配もない。しかし今日本列島を襲っている脅威は島の水没だけではない。富士山の噴火もその一つである。昨日のニュースによると、眠っていた富士山がこの前の噴火で目覚め、再び噴火することは十分あり得る。そしてその噴火の規模は最初の比ではないと言われていた。御殿場市はその富士山から近い場所にある。

すぐさま多くの住民が異を唱えるものの、責任者は富士山からは十分離れた場所に位置している。噴火が起きたとしてもすぐに避難できる準備をしている。噴火は島の水没と違って、予測がきちんとなされるといった弁解を述べた。

「まあ噴火なんていつ起こるかわからないしな」

「じゃあ湊は行くの?」

「ああ。ここにいても水はもうそこまで来てる」

「でも火山だったら噴火したら一瞬で死んじゃうんじゃない。水だったらライフジャケットとか来たら浮いていられるし」

「水を甘く見ないほうがいいぞ。遠くまで流されたら、確実に溺死か低体温症で死ぬ」

「でもそれだったら火山だって」

「俺はな死ぬんだったら一瞬で死にたいんだ。苦しみたくない」

湊の口から初めて出た弱気な言葉だった。

「そんなこと言わないで。頑張って生きようよ」

「そんなことは分かってる。もしもの時の話さ」

「もしものことなんてどうでもいい!」

芽衣が声を荒げた。

「ねえ、湊らしくないよ」

「大丈夫だ。俺だって今は生きることに必死だ。生きたいと思ってる」

湊は芽衣の頭を撫でた。

「でも、怖いよ。湊が死んじゃうんじゃないかって」

「タダでは死なないさ。死ぬんだったら芽衣を生かして…」

「それが怖いの!」

芽衣は泣いた。

「私だけ残ったって意味ないよ。私は湊とずっと…」

芽衣は一切”死”と言う言葉を口にしなかった。それだけ恐れていて、逃げようとしているのだろうと湊は思った。

対して自分はどうだろう。ここに来てなぜか”死”と言う言葉が頭から離れない。

芽衣を守れれば本望、そう思ってるのではないか。生きることを内心諦めているのではないか。行きたいと思ってるはずなのに、自分の体にある何かがその邪魔をしている。

海と火山、どちらも自然が作り出した産物であって、人間がどうこうできる問題ではない。そんな危険と隣あわせの島に住む日本人は堤防やハザードマップを作ったり、年中無休で全国に百ヶ所以上ある火山の監視をしたりと様々な対策を施し、たとえそれらの災害が起こったとしても人命被害を最低限に抑える知恵を身につけている。しかしここまで大規模な災害は前例になく、二つの災害が歴史上最大規模で、なおかつそれが同時に起きれば、甚大な被害は免れない。もはや生きたいという意志を持ち合わせる以外生きる道はないのだ。一瞬でも死が頭をよぎれば、自然が襲いかかってくるだろう。

それなのに心のどこかで行きたいと本気で思っていない。英雄念とでも言うべき誰かを守るためなら自分は命を捨てられる嫌な覚悟ができてしまっているのだろうか。もしかしたらこの感情は作為的に呼び起こされているのかもしれない。ならばこれはこれまで人間が起こして来た様々な悪行に対する報い、地球による人間の選別なのかもしれない。その第一歩が日本人の殲滅計画なのかもしれない。

湊はそう感じ取った。

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