緊急事態宣言
「暇だな」
湊と芽衣は自分たちがいかに電子機器に頼っていたかを痛感していた。
「うん。そうだね」
携帯は持っているが、もしもの時のために充電を保つようにしていた。
充電器は用意してくれたようだが、マンションの住民150人に対し五つしかないので二人はできる限りスマホを使わないことに決めたのである。
しかし二人は他に電子機器は持ち合わせていない。
テレビは映画館にあるような巨大なスクリーンがステージに置いてあるが、自分でチャンネルを変えることはできない。
仕方なくなんの道具も使わないあっち向いてホイや指スマで遊んでいたが、数回やって飽きてしまった。
今度は世間話でもしようと思った。が、話が続かなかった。話題がないわけではないが、そういう気分じゃなかった。いつものなら一度顔を合わせれば、何か会話を切り出していた芽衣も何も振ってこなかった。二人きりで生活してもう一週間近く経っていたせいで、新鮮味が失われたせいかも知れない。
人と会話をする目的の一つに自分の経験を語ることで、相手に共感してほしいという、自己満足がある。
しかし自分の身に起こった出来事を語ろうにも、共感どころか二人とも同じ体験をしている。つまらない。
仕方なく、自分たちのベッドに突っ伏し、静かに時が過ぎるのを待った。
こんなにも時の流れを遅く感じたことはなかった。
何もやることがないことはすなわち好きなことを好きなだけできると思っていたが、実際に体験してみると忙しい方が楽しいし生きがいを感じた。
二人はただただため息をつくばかりであった。
「何かボードゲームでも頼んでみようか?」
「でもなんかそれって不謹慎じゃない?」
二人は辺りを見渡した。
全員が静まり返っている。小さな子供もたくさんいるが、そのほとんどが暇すぎたのか死んだように眠っていた。
こんな中で二人だけ楽しんでいる様子を思い浮かべると、場違いな気がして来た。
「でもみんな暇だから私たちが楽しくしていれば自然とみんな楽しくなるんじゃない? こんな雰囲気の中じゃいつか表情消えちゃうよ」
「そうだな。んじゃあ無難にトランプでもあるか聞いてこよう」
湊はベッドを抜けて、近くの職員に声をかけた。
そしてお辞儀をするとすぐに戻って来た。
「すぐ用意してくれるって」
「よかった」
芽衣が笑った。
ステージの上のスクリーンを見ると、昨日と同じようなニュースがやっていた。
「ここ最近ずっとこの地震についてだよな」
「うん、バラエティとかほとんどなくなっちゃったもんね」
「もしかしてもう収録してないのかな」
「きっとそうだよ。だって収録中に地震が起こったりしたら大変だもんな」
「それより昨日気付いた? 小さい地震があったんだよ」
「え? いつ」
「夜中」
「ヤベェ、気づかなかった」
「少し前だったら小さな地震でも感じたのにこう立て続けに大きな地震を体感すると、小さいのじゃ何も感じなくなるのかな」
「それって怖いね」
「みなさん、テレビをご覧ください」
突然大きな声がした。
振り向くと湊たちを連れて来た警察官が拡声器を持っていた。
「政府が緊急事態宣言を発しました」
ー速報です。政府が緊急事態宣言を全国に発しました。理由としましては度重なる地震による建物の崩壊で多くの人が避難を余儀なくされたこと、その地震によって海面の水位が確実に上昇していること、そして富士山噴火による火山灰の影響で多くの人に健康が出ていること。以上三点から政府は緊急事態を宣言することに踏み切ったとしています。ではこれから緊急事態宣言によって私たちはどう行動すればいいのか解説していただきます。政府専門家会議に出席しました貝塚先生、よろしくお願いしますー
ーはい。今回の緊急事態宣言により、原則人々の外出を禁止しました。しかし禁止といたしましても日本の法律上強制することはできません。ですのでこれは政府からのお願いと言った形となります。なので出勤や登校もできれば避けるようにとのお願いですー
ーしかしそれでは経済が…ー
ーそうですね。政府から経済は止めたくないという意見もありましたが、我々専門家といたしましては、やはり人命が第一ですのでこのような結論に達しました。しかし全てを止めるのではなく社会インフラを支える企業の仕事は継続してもらっています。それはつまり交通インフラを支える高速道路、鉄道、航空関係ですね。それと生活インフラを支えるゴミ、電話、テレビ、インターネット、ラジオ関係です。そしてエネルギー資源である電力、ガス、石油関係、そして最低限の公共施設と食品を取り扱うお店などが対象です。
次に家にいてもらう国民の皆様に窓など外と中をつなぐ場所の開閉は最低限に抑えるようお願いします。というのもですね、富士山噴火による火山灰。これを吸い込み過ぎると、肺炎になる恐れがあります。すでに多くの犠牲者が出ていますので、窓などは開けないでくださいー
ー換気したい場合はどうしたらいいんでしょうか?ー
ー換気したい場合は申し訳ありませんがエアコンや空気清浄機などをお使いになってくださいー
最後にですがもう時期政府が避難地域を発表します。それに伴いまして県の職員が一軒一軒ご自宅に伺いますので、あらかじめ避難の準備をしていてください。おそらくですが沿岸部が中心となります。該当する方は避難の準備をしてください。ただ避難のための買いだめなどはお控えください。すでに政府が用意しておりますので。持っていくのは生きるのに必要なものだけにしてください。ご協力よろしくお願いしますー
ーはい。というわけでこれから避難に伴って準備しておくものを紹介していきたいと思いますー
「どうなっちゃうんだろう」
テレビを眺めていた住民の不安の声が聞こえて来た。
「みなさん、ご覧のように今日本は大変な状況になってますので何卒ご協力お願いいたします」
体育館に散らばっていた職員や警察官が一斉に頭を下げた。
「これはトランプどころじゃないな」