火事
「いや、今出たら逆に危ないと思う。中にいよう」
「じゃあ、片付ける?」
辺りを見渡すと物が散乱していた。
幸いテレビ台に置いていたテレビや締め切った戸棚の中に入っていた食器などは落ちていなかったが、戸のない棚にあった大量の本やその他ただテーブルなどに置いてあったものは全て床に滑り落ちてしまっていた。
リビングだけでもこれだけ散乱しているのだから、他の部屋でも同様だろうと湊は思った。
「うん、そう…」
湊の足が突然止まった。
「なんか焦げ臭くないか?」
湊は何かを察した。
「ま、まさか」
湊は走って、玄関のドアを勢いよく開けた。
「や、やべぇ!」
見ると、湊の部屋の目の前の部屋からけむりが上がっていた。
「火事だ!」
湊は急いでダイニングテーブルの上に置いてある携帯を手に取った。
「つ、繋がらない。電話線でも切れたのかもしれない」
「どうしたの?」
「火事だ! 逃げよう」
湊は頭の回る限り考えて、部屋中を物色するように必要なものをある程度引っ張り出した。
「え!」
芽衣も生きるのに必要だと考えるものをできるだけ持っていたリュックに詰めて、最後にそばにかけてあった上着を取ると、玄関前で手を伸ばしていた湊の手を握った。
「うわぁ。どうしよう」
二人がマンションから出ると、すでに空高くに黒い煙が上がっていた。
パリンという音とともに上から窓ガラスの破片が降ってきた。
「やべっ。危ない! 離れよう!」
マンションの住人が次々と外に飛び出してきた。
中には大きなスーツケースを持って、急いで駐車場へ向かう人たちもいた。
「どうしよう…」
芽衣の口元を塞いでいた手が今までにないほど震えていた。不安がこの時最高に達したと言える。
「すぐ、消防車が来るだろうし、避難場所も確保してくれる。今は静かにまとう」
湊が芽衣の方を見ると、頭に灰が被っていた。
湊はそっと自分の上着脱いで、芽衣に頭からかぶせた。
「あんまり頭に灰がつかないようにしとけ」
「で、でも湊が」
「大丈夫だ、俺は」
一時間後、警察が到着し、避難したマンションの住民を近くの公園に作られた仮設テントへ案内した。
公園といっても遊具などはなく、いくつかのベンチが置かれた広場であった。その中央に大きなテントが一つあり、数十個のパイプ椅子といくつかの折りたたみ式のテーブルが置かれているだけだった。
ここで寝泊まりをするのかと不安な声が響く中、警察官の一人が拡声器を持ってテント中央に現れた。
「みなさん、ご安心ください。ここで寝泊まりはいたしません。今近くの学校に必要な物資などを運び入れています。ここはそれまでの待機場所なだけです。こちらはすでにみなさんの人数を把握してるので、寝袋や食料、生活用水は全員分行き渡ります。ご安心ください。準備が整い次第、ご案内します。それまではここにいてください。自宅には戻らないようにお願いします。お菓子やお飲物などは用意していますので、ご希望の方はあちらのテーブルからご自由に取っていただいて結構です。またほかに何か欲しいもの、必要なものがございましたら、遠慮なく我々にお申し付けください。できる限りご用意いたします」
警察官は左手で奥のテーブルの方を指した。
「随分とここで長居するみたいだな」
「うん。どうしようか。ここにいる? それとも私んち来る?」
こんな状況で彼氏彼女を隠していてもしょうがないと湊は思ったが…
「お前だけ帰れ。これ以上俺と一緒にいてどうするんだ。こんな状況だ、親も心配してるだろ」
「ううん。さっき電話して無事って伝えたから大丈夫だよ」
「邪魔になるから帰って来なさいとか言ってなかったか?」
「それは言ってたけど、もし電車が混んでるんだったら、まだそこにいさせてもらいなって言ってた」
「んじゃあ、俺がタクシー呼んでやるからそれで帰れ」
「やだよ。きっとみんなどんどんいろんなところに移動してて道路も混んでるよ。それに湊も心配だし」
「でも、このままだと体育館とかで避難生活だぞ。いいのか?」
「いいよ別に。湊と一緒だもん」
芽衣の目はいつになく真剣だった。
湊はため息をついた。
「何か飲むか」