思い出作り
「ごちそうさまでしたと」
芽衣は両手を合わせた後、食べ終わった食器をシンクへ持って行った。
「後で俺がやるからいいよ」
「いいよ。どうせこっちで厄介になるんだし、これぐらいはやらせてよ」
そう言うと、先に置いていた湊の食器共々洗った。
「さてと、何しようか?」
「勉強だ。言っただろ、来週テストだって」
「え〜。きっと学校休みになるよ」
「そんなことあるわけない」
「そんなことあるよ。だって湊言ったじゃない、火山灰を吸い込むと危ないって」
「いや、それはあくまで俺の見解であって…」
「ま、いいからいいから。こんな機会滅多にないんだから。堪能しようよ。ね?」
湊は芽衣の誘惑に負け、開いていたノートを閉じた。
それを見た芽衣がニコッと笑った。
「じゃあ、ゲームしよ」
「仕方ないな」
湊はゆっくりと立ち上がろうとしたその時、突然地面がぐらついた。
「うおっ!」
「きゃっ!」
二人はとっさに座っていたソファの淵をつかんだ。
「じ、地震か」
「けっ、結構大きい…わぁ!」
芽衣がソファから転げ落ちた。
「大丈夫か…」
湊が空いている手を芽衣の前に出した。
「うん、ありがと」
芽衣は湊の差し出した手を掴みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まだ座っとけ」
「うん」
湊はそう言いながら、テレビをつけた。
—ただいま都心部で非常に大きい地震が起きました。テレビをご覧の皆様は窓から離れて動かないでください。物が上から落ちてこないか注意してください。情報が入り次第お伝えしていきます。繰り返します…—
「それにしてもいつもより長くないか」
「うん…」
芽衣の声がいつもと違って小さかった。
「大丈夫…じゃないな」
湊は自分の手を握っている芽衣の手がかすかに震えているのに気づいた。
湊はゆっくりと、芽衣を自分の方へ引き込み、抱きしめた。
「大丈夫だ」
「うん…」
芽衣はそう言うと湊の胸に顔を埋めた。
数分後、ようやく揺れが収まった。
—ただいま入ってきた情報ですと、震源地は栃木県北東部で最大震度6強でした。なお今のところ、この地震による津波の影響はありません。え…—
突然アナウンサーの声が途切れた。
えー。ただいまの情報によりますと、この地震の影響で津波の発生はないものの、海面が大きく上昇したと言う情報が入りました−
「海面が上昇ってつまり、日本が少し沈んだってことか…」
「え、やだ私たちヤバイんじゃない?」
「あ、ああ。しかもここ千葉だから海に近いし。もしかしたら避難指示とかが出されるかも」
「でも、これで学校は無くなったよね!」
「何で、お前そんなに陽気なんだよ」
「だって、湊がこんなに私のこと抱きしめてくれるなんてことなかったもん」
そう言われて、湊は芽衣を抱きしめていた手を離し、そっぽを向いた。
「そ、そんなことより母さん大丈夫かな?」
「あ、逃げた」
「う、うるさい。お前も家に帰れなくなったかも知れねえんだぞ」
「いいもん、もう湊と一緒に住んじゃうもん」
「どこで寝る気だ?」
「そりゃあ、湊の部屋で。一緒に寝よ。修学旅行の時も一緒に寝たじゃん」
「あれはバスの中でだろ」
「一緒じゃん」
「…」
湊は顔を背けた。
「わかったわよ。サービスとして一緒にお風呂も入ってあげる」
「い、いいよ。そんなことしなくて。俺がリビングで寝ればいい話だ」
「ええ〜。一緒に寝ようよ」
「嫌だし、俺のベッド二人寝れないし」
「大丈夫私小柄だし、ひっついて寝れば…」
「やだよ」
「私知ってるもん。湊が強い口調にならない時は全然本気じゃないってこと!」
芽衣が湊の顔を覗き込んだ。
「…」
「ね、いいでしょ。彼女と一緒に寝るなんて体験したことないでしょ」
「…」
「それはいいってことよね。じゃあ決まり!」
「お、おい勝手に…」
その時湊の携帯が鳴った。
「もしもし」
—もしもし、湊。今おばあちゃんのところに着いたからー
「あ、よかったです」
—です?—
芽衣は湊のそばでくすくすと笑っている。
—まあいいわ。でも母さん当分帰ってこれないかも知れないけど…—
「あ、ああ。大丈夫だよ。自炊も洗濯も掃除もできるから」
—そう。悪いわね。じゃあ帰れるようになったまた連絡するからー
「あ、ああ。わかった。じゃあまた」
そう言って湊は一方的に電話を切った。
「お母さん、大丈夫だって?」
「あ、ああ。当分帰ってこれないかも知れないって」
「そう、じゃあ私がずっと湊と一緒にいてあげるからね」
芽衣はもうニコニコが止まらなかった。
「お前、まさか仕組んだんじゃないだろうな?」
「まさか」
「本当に同棲する形になっちまった…」
湊は思わず頭を抱えた。