第八話
「ミナコ! 奴の後ろに回って撃て!」
「は、はい!」
私は指示通り魔物の後ろに回り込もうと、近くにいた騎士、ラルフさんからすぐさま離れて移動する。木の後ろに隠れながらの移動を繰り返し、ちょうど魔物の背後を狙いやすい場所に着くと、すぐに撃てるよう銃を構えた。
しかし次の瞬間、突然の光に襲われ、気がつくと魔物は傭兵のオスヴィンさんのところへ向かっていた。彼は不意の魔物の攻撃に対しても落ち着いていて、あっさりと魔物を殺さない程度にやり返す。
今の光は何だったのか。すぐに周りを見ると、混乱している魔物の正面付近に詠唱をしていたと思われるアンリ様が立っていた。どうやらアンリ様が魔物に対して放った目くらましの術が、私の場所にも届いたらしい。私は「またか」と小さく息を吐いた。
「何しているんだ、ミナコ。『魔物に術をかける』と言っただろう。それなのに指示を無視し、術の範囲内に移動するなんて馬鹿か」
「……申し訳ありません」
そんなこと、一言も言われていない。だが、私はそれ以上何も言わず、自分のやるべきことをこなそうと魔物の方へと意識を向けた。
先ほどからずっとこの調子である。
森に着き、町長が見たと思われる魔物に出くわしてから、私たちの連携は上手く取れていない。
正しく言えば、「私」に対してのみ、上手く連携を取ろうとしていない。
例えば、先ほどのやり取り。ラルフさんやオスヴィンさん、そして防御壁を展開しているジョルジュ王子には、きちんと伝達術で目くらましの術をかけることを伝えていたのだろう。だが、私には伝わっていなかった。だから、私はその情報を知らず、術の範囲内に立ってしまい、自身も術をまともに食らってしまった。
おそらく、ラルフさんは私がその情報を知っている前提で、術にかからない範囲を見極めて後ろに回れと指示したのだろう。彼はきつい性格ではあるが、嫌がらせのようなことはしない。
そして、アンリ様はこの国一番の魔術師。伝達し忘れるなどというミスを犯すはずがなく、考えられる結論は一つだった。
――アンリ様が意図的に私の邪魔をしている。
普通なら、こんなことをするなんて馬鹿げていると呆れたり、敵を目の前にしてそんなことをするなんてと怒ったりするところなのだろう。実際、今の私は以前の「役立たず」という言葉をただ受け入れるなんてことをする私と違い、魔物を浄化するのに協力してほしいと思う気持ちでいっぱいだ。
けれどそんなことを言ったところで、アンリ様はやめないだろう。他の仲間も実行しないとはいえ、アンリ様のしていることに気づいているはずだ。ラルフさんもその後すぐに私が術について知らされていないことに気づいたようだ。いつもなら怒鳴る彼だが、さっきは怒鳴ってこなかった。他のメンバーも同様だ。
それに、私がいなくても彼らは簡単に魔物を倒すことができる。私と連携が取れなくても、さして問題はないのだろう。
結局、その魔物を浄化することはできたが、彼らの私に対する認識は変わらなかったようで、浄化されて元に戻った動物が帰っていった後も、重苦しい空気が流れていた。
いつもならこの空気を壊すのはラルフさんなのだが、今日は違った。
「少し期待外れだったかな、ミナコ」
そう言い放ったのはジョルジュ王子だった。
「私はこれでも期待していたんだよ。魔物を倒し、浄化することができた人間がいて、それが聖女だと噂で聞いてからね」
ルゥを浄化した時のことだとすぐにわかった。王子は「でも」と話を続ける。
「けれど噂は嘘だったみたいだね。私たちとの連携は取れず、仲間の術をくらうという初歩的なミスもする。浄化は何とかできたみたいだけど、その調子だと、噂で聞いていた『戦闘に長けた人間に指導を受けている』という話も、嘘か、もしくは大した人間ではないんだろうね」
瞬間、目の前が真っ暗になった。頭の中で、王子の言葉がこだまする。
「『戦闘に長けた人間に指導を受けている』という話も、嘘か、もしくは大した人間ではないんだろうね」。
私が「期待外れ」だと、「役立たず」だと認識されるのは別にいい。今回の事を言われたら、いくらアンリ様が原因とは言え、私がきちんと上手く立ち回れなかったことが原因だから仕方がないと言える。だから、私が何を言われても気にはならなかった。
けれど今の王子の言葉は、私の戦闘練習に付き合うと言ったユークや、指導をしてくれたアイドさんまでを否定していることになる。それがただ噂だけで判断し中傷するために言った言葉なら、私はすぐに怒っていただろう。だが実際は違う。
私が仲間とうまく連携をとることができなかったから、私が足を引っ張ることしかしていないから、私を指導していた彼らを下に見られた。私が彼らの教えをいかせず、苦戦してしまったから。つまり、私の行動で彼らが悪く言われたのだ。私が……全部、悪い。
身体から力が抜け、地面に座り込む。どうやらいつの間にか辺りは暗くなり、王子たちは立ち去ったらしい。彼らの気配はもうすでになかった。そんなことをぼんやりと考えていると、右膝にちょこんと何かが乗っかった感触がした。
見ると、ユークが貸してくれた、小さな土人形がいた。土人形は、じっと私を見上げている。その様子がまるで私を心配しているようで、私はそっとその子を抱きしめた。
「ごめん……ごめんね」
私のせいであなたの主人たちが悪く言われてしまった。そんな気持ちが伝わったのか、土人形は嫌がる素振りを一切見せず、私に抱きしめられていた。
人形に謝罪したところで、王子たちが抱くユークたちへの評価が変わることはない。そんなことはわかっている。けれど、私は謝らずにはいられなかったのだ。
そのとき、後ろに気配を感じた。振り向かなくてもわかる。この気配は彼のものだ。
「服が汚れるぞ」
「……もう汚れてるから平気」
だから放っておいてほしいという意思を込めて答えると、腕を引っ張られ立ち上がらされる。そして体が浮くような感覚に襲われ、気づいたときには横抱きにされていた。
「帰るぞ」
いつもの私なら抵抗したが、今の私にはそんな力が湧かなかった。ただ、彼に対して申し訳ないという気持ちが強くて、移動している間、私はずっと目を伏せていた。