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第七話

 今日はユークたちが忙しいらしく、戦闘練習はお休みの日だ。


 もともと、「毎日のように練習を詰め込んだら体に負担がかかる」というアイドさんの言葉で、練習を毎日行っていたわけではないが、最近のユークたちは忙しいので、練習日数も少なくなってきている。アイドさん曰く、「マドカは順調に技術が上がってきていますし、少しくらい休んでも問題ないでしょう」とのことで、最近は宿で休むことが多い。とはいっても、結局は軽く体を動かす程度の運動はしているんだけど。


 正直、こんなときは余計なことを考えてしまって困る。主に記憶がなくなっていくことに関して。

あのユークと月を眺めた日、私の名前を考えた人物を思い出せなかったことは、私にとって相当ショックだったようだ。以来あのときの事を思い出し、憂鬱な気分になることが多くなっている。


 ユークたちに「マドカ」と名前を呼ばれることで「自分」がまだ存在している気がしている気になっていた。自分はまだ存在し、自分についてわかっていると。けれど、名前の由来に関する話は私にとって大事な話だった気がして、そんなことを忘れてしまっている自分はもうなくなる寸前なのではないかと思えてならない。


 もしそこまでひどい状況だとしたらどうしよう。……そんなのは怖い。もしなくなったら、「私」はどうなってしまうのだろうか。


 抱えきれないほどの不安が私を襲う。私はそんな不安を頭から消すように、ひたすら部屋で体を動かすことに専念した。


 だが、結局不安は拭えず、いっそ外に出て思い切り射撃練習でもしようとした時だった。私の部屋のドアが、コンコンとノックされた。


 久しぶりに聞く来訪の音に、私は体を強張らせる。ユークたちは宿を訪れたことはないし、リラたちにも私が泊まっている宿を教えたことはない。となれば心当たりは一つだ。


 私がドアを開けると、そこに立っていたのは予想通り、美奈子の仲間である王子と魔術師の二人だった。


「……ジョルジュ王子とアンリ様……」


 ユークたちに対するものとは違い、少し緊張を孕んだ声が口から出た。しかし、二人の驚きに満ちた表情を見て、自分が何を言ったのかようやく気付く。


「お前、俺たちの名前を憶えていたのか」


 向こうも私の異常さには気づいてはいたらしい。先ほどの反応は、私が彼らの名前を呼んだことに対してのものだったようだ。


 私は曖昧に笑いながらも「仲間なんですから当然でしょう」と返した。もちろん、それは嘘だった。


 記憶を失っていく自分は、当たり前のように美奈子の仲間の名前を忘れていっていた。最初に忘れたのが誰だったのかは思い出せない。ただゲームで一番好きだった年上の傭兵キャラの名前ですら忘れてしまい、私は悲しくなったものだ。


 だから先ほどの自分が彼らの名前を呼んだことに私自身も驚いた。以前は忘れていたはずの美奈子の仲間の名前。けれど今なら思い出せる。彼らの事を今では何とも思ってはいないが、人の名前を思い出せたことがすごく嬉しかった。


 そんな感情が私からにじみ出ていたのか、魔術師のアンリ様は一瞬何か考えるような顔をしたが、ジョルジュ王子が「ここにきた用事なんだが」と話を切り出したので、私は聞く態勢をとった。


「明日のことなんだが、君も含む皆で森に行こうと思う」

「森……ですか」


 この町に来たばかりの頃、数回ほど魔物がいないか森で調査を行った。ユークやリラたち姉弟、ルゥと出会ったのもその調査の日だった。しかし、私は足を引っ張るばかりで、結果判明した事実は少なかった。だから私は浄化能力がないと判断され、魔王城に行くことができていないのだ。


 その判断をされた時の事を思い出すと苦い気分になるが、今思うと攻めなくてよかったと思う。もし、魔王城に向かっていたら、ユークを知りもせず敵対して、私は彼らを倒そうとしただろう。


 いや、それよりも森に行くとはどういうことだろう。以前の調査で森に魔物はいたということはわかったが、そこに生息しているわけではないため、いちいち倒しても意味はないだろうという話だったはずだ。それ以外に、森に行くような用事があるはずがない。


 私が疑問を口にするよりも早く、王子が口を開いた。


「観光に来ていたクルメリの町長に頼まれたんだ。『森で魔物を見たからどうにかしてほしい』と」


 なるほど、と私は納得した。確かクルメリは鉱石等が採取できる鉱山があることで有名だ。ここで恩を売っておいて、あわよくば安く鉱石を仕入れられるかもしれないという考えなのだろう。利益を重視する王子らしい発想だ。


 けれど、なおさら私がいたら邪魔なのではないだろうか。


 彼らにとって私は「浄化のできない足手まといの女」だ。今はユークたちのおかげで大分戦闘技術が身についたとはいえ、まだまだ未熟なのには変わりない。それに、彼らの前では戦った姿を見せてはいないため、足を引っ張るという認識は変わらないはずだ。


 私が「足を引っ張る可能性があるのでは」と伝えると、魔術師の方が「それは十分承知だ」とはっきりした口調で断言した。


「だが、俺たちが倒しただけでは信用されない可能性が高い。お前は仮にも『聖女』だ。聖女が倒したという事実の方が信用される。だから足手まといだと自覚しているなら、余計なことはするな」

「……はい」


 正直傷つきはしたが、今はとにかく早くこのやり取りを終わらせたい。先ほどの思い出せたことによる嬉しい気分が少しずつ萎んでいくのがわかった。


 ……けれど、私は忘れていた。彼らにとって「私」とは何なのかを。


「物分かりが良くて助かるよ。じゃあまた明日、『ミナコ』」


 王子が明らかに作り物の笑みを浮かべると、二人そろってこの部屋を出ていく。やがてパタンと扉閉められ、私だけが部屋に取り残された。いつもなら、「疲れた」と言って横になるだろう。だが、先ほどの王子の言葉が私の頭の中にずっと響いていた。


 「美奈子」。久しぶりに呼ばれた「この体の持ち主の名前」は、「まどか」という私の存在を否定する。「私」は「まどか」ではなくなってしまう。


 なぜ今まで忘れていたのだろう。ユークたちに名前を呼ばれていた間は「まどか」でいられた。けれど、今の私の見た目は少なからず「まどか」ではない。「美奈子」だ。


 ふと二人が来る直前の事を思い出す。「私という自分」がいなくなっていくことに対する恐怖、不安。

 いつか「まどかという私」はいなくなってしまうのだろうか。「まどか」の記憶がなくなり、「美奈子」と呼ばれ、そのうち「美奈子」に完全になってしまうのだろうか。


 そんなの嫌だ。怖い。でも自分では解決できない。どうしようもないという感情が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。


 いっそのこと泣きわめいてしまいたい。でも、そんなことしても無駄だと分かっている。だからなのか、私の目から涙が出ることはなかった。


「私、どうなっちゃうんだろう……」


 目を閉じて瞼の裏に浮かぶのは、ユークの顔だった。なぜ彼なのだろうと疑問に思ったが、ここに来てから初めて私の名前を呼んだのは、彼だったことを思い出す。


「『私』がいなくなっても、ユークは『まどか』を忘れないでいてくれるだろうか……」


 なんとなく彼だけは、私の事を「マドカ」と呼び続けてくれる気がする。そう思うと、なぜか安心し、先ほどの恐怖や不安が取り除かれる気がした。


 少し落ち着いた私は、護衛である土人形に「明日は練習に参加できない」という旨をユークたちに伝えるよう頼むと、そのまま眠りについた。


 ここ最近幸せだと感じていたのが悪かったのだろうか。私の行動がどういう印象をもたらすのかを、私は失念していたのだ。


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