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第六話

 私はマドカの初期の実力データと現在のデータを比べながら、次の練習をどうするか考えていた。


 今日の練習も終わり、マドカは宿に戻っている。念のためにとユーク様がマドカの護衛用に魔術で作った土人形を同行させているので、マドカの安全については大丈夫でしょう。


「アイド、いいか」


 ユーク様がノックもせずに入ってきた。いくら偉い立場とは言え、ノックくらいはしてほしいものです。いつもならそう指摘するところですが、すぐに昼間の話の事だと気づき、私は手元の資料を机に置いて彼の方を見た。


「今日約束した件ですね。まず、マドカの実力ですが、順調に伸びていますよ。見た目に反して彼女はセンスがいいみたいです。この様子だと思ったよりも早く浄化能力も完全なものとなるでしょう」

「そうか」


 どこか安心したような表情を見せるユーク様。それは私たちの目的が果たされる日が近づいたことに対する安心か、それともマドカ自体を心配していたから彼女が順調に成長できていることに対して安心しているのか。たぶん、どちらの意味もあるのでしょう。マドカは「調査対象」とはいえ、この方は同族や同族に親切な者に対しては優しいですから。いえ、昼間の様子を考えると、すでにマドカを「友人以上の存在」として認識しているのは確実でしょうが。


「……それよりも気になるのは、マドカの周りや彼女自身についてです。ユーク様はおかしいと思いませんでしたか? マドカを取り巻く環境を」


 私の言葉に、ユーク様の顔つきが真剣なものへと変わった。むしろ彼が気付いていないはずがない。誰よりも敏く多くの魔力を持ち、私よりも早くマドカと知り合ったユーク様が。


「そもそも、聖女には護衛が何人もついているはずです。それなのにマドカが私たちの元に来ても何も接触してくる様子がありません。普通、誰が相手でも警戒するはずなのに。それと、この町に無期限で滞在するのもおかしい。彼らが敵だと思っているはずの『魔王国』はすぐそこですよ。それなのにこの町に留まり続けるのは何かあると考えるのが当然でしょう」


 最初、ユーク様を通じてマドカの話を聞いたときは驚きました。練習の計画を立てるべく、マドカのこの町の滞在期間に関する情報や彼女の護衛への許可などを求めたところ、彼女は「いつまでここにいるとか決まっていないはずだし、許可も必要ない」と言ってきたらしいのです。


 常識的に考えて、護衛が聖女を放っておくわけがないでしょう。そう考えていたのに、調査をしたところ彼女の言っていることは間違っていなかった。


 ユーク様には黙ってのことだったので、その旨を伝えて謝罪すると、ユーク様は調査の結果を促してきたので、私は部下にまとめさせた書類を引っ張り出した。


「調べたところ、マドカには広範囲の浄化能力がないらしく、そのため今魔王城を攻めても解決しないと護衛たちは判断したようです。実際、マドカ自身もそう思っているようでしたしね」


 最初の頃のマドカは、敵を撃つ勇気もありませんでしたが、戦闘における自信のなさも目立っていました。おそらく未熟な浄化能力のせいで自信がなかったのだと思います。


「そのせいか、護衛たちはマドカを『無能』だと判断したようです。だからマドカを放置しても問題ないと」

「やはりか……」


 ユーク様もマドカの様子からしてその予想はしていたようです。不機嫌そうに顔を歪めたものの、怒りをぶつけるような真似はしませんでした。


 まだ私たちとマドカの付き合いは短いですが、練習や普段の様子から彼女は優しく人を助けることのできる人間だと理解しています。彼女の情報を断片的にしか知らなかった頃は、彼女に対してむしろ懐疑的でしたが、今は全く違います。だから、そんな私たちにとって彼女はもう「友人と同等の存在」と言っても過言ではないのです。ユーク様だけは違うようですが。


 ……とにかく、そんな彼女をないがしろにされて、私たちが怒らないはずがない。しかし、ここで怒りをぶつけても仕様がないので、私は何とか冷静に話を続けた。


「ただ、一つ気になることが。彼らがこの町にとどまっている原因が、どうもマドカの浄化能力だけにあるとは思えないのです。普通、仲間ならマドカの浄化能力を高める方法を模索したり実行したりすると思うのです。それこそ私たちがしているように、浄化自体に慣れるよう模擬戦を行って浄化能力を高めるといったことなど。でも全く行動に移さず、マドカを放っておいている。まるで役目をこなす気がないような……」


 こんなことは聖女を守る「偉い」人たちに言ってはいけないのかもしれませんが。


「……私も話したいことがある」


 ユーク様にそう言われ、私は「はい」と姿勢を正した。やはりユーク様もお気づきになられたのでしょう。


「マドカの魔力についてですね」


 私が聞くと、ユーク様は「あぁ」と頷きました。


「わかる人にしかわからないが、マドカは体と魂が一致していない。マドカの体の魔力の質と、魂の魔力の質が、なぜか違うんだ。普通は体と魂の魔力の質は同じであるはずなのに。もしかしたら、浄化能力が未熟なのもそれが原因かもしれない」


 そもそも生物は、肉体と魂で構成されています。魔力はその者自身に流れるもの。つまり、同じ魔力がその肉体と魂に流れているはずなのです。そのため、魔力の質が肉体と魂で違うなんてことがあるとしたら、それは人為的に作られたものか、肉体と魂が別の者であるということしかないのです。


「それともう一つ。魔道具店の店主に探させていた魔道具についてだが」

「確かあまり情報は得られなかったのでは?」


 先週、ユーク様がマドカを送るついでに魔道具店を訪れたとき、確か店主には「その魔道具の場所はやはりわからない」と言われたはず。「何者かが意図的に隠している気配はある」と言うことは確かであるとも。


 しかし、ユーク様は「実はわかったことがあるらしい」と言い、ぱちんと指を鳴らした。

瞬間、褐色肌の青年、ルーシェがどこからともなく現れる。


 彼はユーク様の部下の一人で、基本的には犬の姿の「ルゥ」として行動しています。彼の仕事は情報収集なので、犬の姿だと相手が油断し、情報を盗み聞きしやすいからです。以前はそれが災いして、影響を受けやすい獣化している時に隙をつかれてしまい、魔物化してしまいましたが。


「ルーシェ、見張りの方は?」

「大丈夫」

「では報告を」


 ルーシェは頷くと、表情を崩さず説明を始めた。


「まず、俺らがその魔道具を探しているのは、調査した際知り合った、魔道具の持ち主である森の魔女に頼まれたから。『先代が作り出した魔道具が何者かに盗まれた』と。そして、その魔道具は人の精神にも影響を与えるとも聞いた。だから何かあっては困ると、盗んだ犯人を捜し始めた。確か、調べた当初わかったことは、森に踏み入ったと思われる魔力の形跡が二人という点のみ。ここまでは覚えているか?」


 私とユーク様が頷くと、ルーシェは話を続ける。


「だが、新たに調べなおして分かったことがある。そこで転移したのだろう、魔力が途切れた箇所を調べてみると、かすかにもう一つ、違う魔力の形跡が残っていたことが判明した」

「それってどういう……」


 私は理解できずにルーシェに説明を求めると、彼は「奴らはそこで使った」という答えが返ってきた。


 さすがの私でもそれはわかります。そのときに盗んだ魔道具を使ったのだと。


 けれど、魔道具の効果がわかりません。魔力の形跡が増えるような効果がある魔道具とは……。


 そこまで考えて、ある疑問が湧く。魔道具を上手く盗み、今のところうまく逃げている奴らが、なぜ魔力の形跡なんてものを残す初歩的なミスをしたのだろうか。


 確かに、魔道具は魔力を込めて使うものです。そのときは必然的に魔力の形跡は残ります。だけど、盗んだ可能性のある上位の魔術師なら、その形跡を残さず魔道具を使うことはできるはず。だから、普通は魔力の形跡が残るなんてことはあまりないのです。


 しかし、その魔道具は優秀だと言われている先代の森の魔女が作り出したもの。詳しい効果はわからないが、特殊なものだということは間違いないでしょう。だとすれば……。


「その魔道具は個人の魔力に大きく干渉するような魔術が使えるもの。もしくは、魔力の形跡が残ってしまうほど強力な魔術が使える魔道具……」


 ユーク様の言葉に、ルーシェは「半分正解、半分不正解」と顔色一つ変えず答えました。


「まず、あの魔道具の効果。なぜか頑なに教えてくれなかった魔女を問い詰めたところ、その魔道具は二つの魂を入れ替えるものらしい。そのためには入れ替わる本人、つまり魔道具を使う人間と、共通する部分を持っていないといけないらしい。それはその人物を構成する要素なら何でもいい。例えば、『赤髪の女性』とかでも構わない。ただこの場合、赤髪の女性などたくさんいるから、その魔道具が無作為に選ぶ。一応『魔力の波長が一番合うもの』が一番優先されるが」


「つまりその魔道具は、魔力の波長が合う人間を探すような個人の魔力に大きく干渉するもので、かつ入れ替わるということが可能なほど強力な魔道具なんだな」

「つまり、両方の意味があったのですね……」


 ルーシェの話が事実なら、二人のうち、どちらかがその魔道具を使って入れ替わりを実行したことになります。つまり、魔道具を盗んだ犯人の体に別の人間の魂が入っているということです。おそらく、魔力の形跡は犯人二人と入れ替わった相手の者でしょう。


 それならば、魂と肉体の魔力の質が違う者を探せばいいのではないでしょうか。そう、例えば、マドカのように魔力の質がちぐはぐな人間を――。


「……え……まさか、そんな」


 ようやく気付いたときには、ユーク様は俯いていました。その様子に、私は自身の考えが的外れではないことを自覚する。


 なぜ、すぐに気づかなかったのでしょう。魂と肉体の魔力の質が違う人間など、滅多にいるわけがないのに――。


 ――つまり、マドカが、「入れ替わった人間である」ということがほぼ確実になったのです。


 思い返せばおかしな点はありました。マドカの周囲を調べていた時、彼女の事を他の人は違う名で呼んでいた。確か、「ミナコ」と。


 それは本来、もともとの体の持ち主の名前なのでしょう。だとすれば、犯人の内一人はこの「ミナコ」ということになります。けれど、もう一人の犯人がわからないことには変わりはなく、マドカが元に戻れる方法もわかりません。


 その場にはしばらく重苦しい空気が流れる。皆、マドカとはある程度の関係は築いている人間です。被害者だと思われるマドカに関して、何か思うことがあるのでしょう。それが同情か、巻き込んだ犯人に対する怒りか、あるいは現状何もできない自身に対する悔しさか。もしかしたら全てかもしれません。とにかく私たちは、どうすべきなのかわからず、困惑していました。


 やがてそんな空気をぶち壊したのは、一番マドカの事を考えているであろう、ユーク様でした。


「……完全に犯人がわからない今、マドカを一人にしておくのは危険だ。もしかしたら犯人は再びマドカに対して何かしてくるかもしれないし、聖女の護衛もまだ何なのかわからないからな。だからできるだけそばにいようと思う」

「……わかりました」


 私とルーシェは頷きました。これでもマドカは私にとって弟子のようなものです。そんな彼女を放り出すほど、私は彼女に情がないわけではありません。


「……本当に私は何も知らなかったのだな」


 そんなユーク様の声は誰の耳にも届かず、ポツリと消えた。


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