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第三話

 何人もの人たちが私を囲んで私に向かって怒鳴っている。


 「役立たず」「できそこない」「偽物の聖女」。どれも本当だから、私は言い返せない。


 誰かが言った。「本当なら今頃は魔王を倒し、世界は浄化され、魔物も発生しない平和な世になっているのに」と。


 続けて別の誰かが言う。「お前が聖女の力を使いこなせていないせいだ。魔王の城は目前なのに」。それに合わせて、周りから同調するような声が響く。


 私はそんな中、ひたすら否定するしかなかった。


「違う! 私はもともと聖女なんかじゃない! 嘘をついてもいない!」

「じゃああなたは誰?」


 知らない誰かの声が響く。私は……。


 私は自分の名前を言おうとするも、言葉が出ない。まるで名前を忘れてしまったかのように。


「私の、名前は……」


 出てくる名前は「本物の聖女の名前」だけ。では、私は一体誰なのだろう?


 「私」だと思っていた人間は、本当にいたのだろうか?






「……っ!」 


 がばっと起き上がると、そこは見知らぬ部屋だった。


 見たところ、どう見ても私が泊まっている宿屋の部屋ではない。明らかに誰かの家らしき部屋で、シンプルな内装から部屋の主がどちらかというと男性であることがわかる。もしかしたら、あの時の青年が拾ってくれたのかもしれない。ただ、さすがにベッドには寝かせられなかったのか、私が横になっていたのはソファだった。


 時間は外の明るさからしてまだ夜ではないだろう。私がぼんやりしていると、嫌でも先ほど見た夢が思い出されてしまい、余計なことを考えてしまっていた。


 あの夢では、最後には私は自分が誰だかわからなくなっていた。実を言うと、あの夢はあながち間違いではない。


 私がこの体に入ってから、私自身や周りの事を忘れるようになってきているのだ。例えば、私の家族構成。苦労した覚えがないから天涯孤独ではないと思うが、兄弟がいたのか一人っ子だったのかすら全く思い出せない。


 そしてなぜかこの世界の元であるゲームの内容もあまり思い出せなくなっている。エンディングはどんな感じだとか、キャラクターについてだとか、そういったものを。あれだけやり込んだはずなのに。私がこの世界に入った経緯についても、実際にあの通りだったのか、今ではあまり自信がない。


 私は胸ポケットから生徒手帳を取り出す。私が何度も手帳に書かれている自身の名前を確認するのは、そのうち自分の名前ですら忘れそうな気がするからだ。だから自分の記憶が失われていると気づいた以降、私は忘れないように手帳にメモを取る癖がついていた。


「……『高月まどか』。よかった。忘れていない……」


 手帳のプロフィール欄には元の持ち主である「鈴瀬美奈子」の文字があるが、メモ欄にはきちんと私の字で「高月まどか」と書かれていた。私は安堵し、手帳をポケットに戻す。


「起きたのか」


 ちょうどそのとき、ノックの音もせずにドアが開いて、先ほどの青年が中に入ってきた。私は慌てて立ち上がろうとしたが、それを青年が制止する。そのため、私は上半身を起こした状態でお礼を言った。


「あの、助けてくれてありがとうございます」

「あぁ、突然倒れて驚いた。まさか魔力切れを起こすなんてな。魔力がないときは魔物と戦わず逃げろと教わらなかったのか?」


 青年に言われて、魔物に出くわす前まで射撃練習をしていたことを思い出す。途端、初歩的な知識すら頭から抜けていたことが恥ずかしくなり、俯いた。


「そうですね……。魔力切れの事を失念していました。ご迷惑をかけてすみません」

「……まぁ、別にいい。こちらもお前がいなければ、あの子に苦しい思いをさせるところだった。むしろ助けることができて感謝している」


 「あの子」とは、あの魔物化した動物の事だろう。もしかしたら彼も少女と同様、あの動物を知っていたのかもしれない。その動物は今どうなったのかを聞いてみると、あのあと戻ってきた少女と無事に再会して一緒に帰って行ったらしく、私は心から安堵した。


 けれど、お礼を言うのは彼ではなく、むしろ私の方だろう。彼がいなければ、私はきちんと撃って浄化することができなかったかもしれない。私が再びお礼を言うと、青年は不思議そうな顔をしたが、その話についてはこれ以上触れずに、話題を変えた。


「ところで、聞きたいことがある」

「なんですか?」


 そういえばと、倒れる直前も青年が何かを聞こうとしていたことを思い出した。あの魔物に関してかと思い、私はあの時の状況を思い出す。


 だが、実際の問いは違った。


「お前は『聖女』なのか?」


 瞬間、私の頭は思考を停止した。


 ……どう答えるのが正解なのだろう。


 別に聖女であることを人に話してはいけないなどという決まりはない。ただ、聞かれたからと言って話してもいいものではない気がする。


 それに今の私は正しくは「聖女」ではない。体は聖女だが、魂は普通の人間だ。現に浄化の力は未熟だし、そのせいで美奈子の仲間からは嫌われている。


 けれどそれを肯定だと受け取ったのか、青年は私が聖女であることを前提としてさらに質問をぶつけてきた。


「それならばなぜ、お前は魔物の大元であるはずの瘴気を浄化しないんだ?」

「そ、れは……」


 一般的に瘴気や穢れの原因は、隣の国を統べる魔王だと言われている。魔族たちが集まる国というのもあり、彼らを畏怖している人は多い。この国の人たちの中にもそういった人たちは多いらしい。そのため、その国が生物を魔物化させる瘴気を生み出しているのではないかという噂が広まっている。聖女たちが魔王国を目指しているのは、それが理由だ。


 しかし、「私」という魂が「美奈子」の体に入ってしまった今、本来できるはずの広範囲での浄化ができなくなってしまっている。理由はおそらく、その浄化をするために呪文を唱える必要があるのだが、その呪文が思い出せないせいだと思う。ゲームでは散々出てきた呪文のはずなので、これも私の忘れてしまった記憶の一つなのだろう。


 今いる町は、魔王国に一番近い場所だ。それなのに私たちが魔王国に行かないのは、私のこの浄化の力が不十分だからである。このまま行っても意味がないと判断されたのだ。私は自分の不甲斐なさを思い出し、無意識に唇をかんだ。


「その様子だと、どうやら浄化を完全に行えるというわけではないんだな」

「すみません……」


 察しの良い青年に対して反射的に謝ると、「別に謝ることではない」と返ってきた。表情は険しいが、声色はこちらを気遣っているような様子だった。言葉遣いは偉そうだが、根は優しい人なのだろう。


「しかし、それならば考えなければならないな。再びあのような動物たちが生まれるのは問題だ。こちらとしても瘴気を何とかしたい。けれど、浄化できるのは聖女だけだ」


 確かに、魔物が増えることは問題だ。魔物は人々を襲うし、何より、魔物が可哀想だ。本当は人など襲いたくないだろうに。


 青年はしばらく考える素振りを見せると、やがて「やはりこれしかないだろう」と何か考えが浮かんだ様子を見せた。


「まず、お前の浄化の力は本物だ。それは私が自信を持って言える。あの子をきちんと確認した結果、無事浄化されていたからな」

「ありがとうございます……」

「だから、『浄化することができない』ということはない。だから、浄化能力が完全ではない原因は別にあると考える。それは『気持ち』だと私は思う」

「気持ち?」


 理解できず首を傾げると、青年は「あぁ」と頷いた。


「今日のお前の戦闘を見て思ったんだが、魔物を撃つことにためらいがあった。それは自分の手で殺してしまうような気がして怖いからだろう?」


 青年の言うことは間違っていないと思ったので、私はこくんと頷いた。


「浄化だと頭ではわかっているとはいえ、それは仕方のないことだと思う。けれど、こうは考えられないか? 『撃つことで魔物を穢れから救える』と」

「『救う』?」

「そうだ。銃弾が当たれば魔物から穢れは取り除かれ、魔物は本来の姿に戻ることができる。そして、襲いたくなる衝動がなくなって、安心して暮らすことができるようになる、と。魔物は好きで人を襲っているわけではない。瘴気による穢れのせいで狂暴化しているだけだ。そんな彼らを助け出すことはお前にしかできない。だから、少しでもその考えを頭に入れておいてほしい。ただ、そういった気持ちが過剰すぎると別の問題も引き起こす可能性があるから、あまり考えすぎるのはよくないが」


 「別の問題を引き起こす可能性」が何かはわからないが、そういった考えもできるということが言いたいのだろうと考え、私は頷いた。青年は続ける。


「とはいえ、すぐにそう考えて行動するのは難しいだろう。だから、戦闘練習をする。もちろん、私も全力で協力する」

「はい?」


 突然の申し出に、私は普段なら出さないだろう、間抜けな声を上げた。そんな私を見て、青年は呆れた顔をする。


「だから、その武器を使ってまともに戦うことができるよう、練習すると言ったんだ。まともに戦うことができるようになれば、浄化能力も高まるかもしれない。だが、それをお前ひとりに任せるわけにはいかないからな」

「で、でも、あなたが私に付き合う理由はないのでは……?」


 確かに、青年は何か魔術のようなものを使っていたし、戦闘には慣れているのかもしれないが、それでも浄化は聖女の仕事だ。護衛でもない彼に協力してもらう義理はない。


 それに浄化能力が未熟なのは、私が呪文を思い出せない所為なのだ。戦闘練習をしたところで浄化能力が高まるわけではない。


 とはいえ、そのことを伝えるのは恥ずかしいし、知り合ったばかりの人間に言ってもいいかわからない。どう説明しようか答えあぐねていると、青年は「ある」と返してきた。


「全部の理由は言えないがある。大きい理由は、練習をすれば浄化の力が上がり、瘴気や穢れを取り除けるかもしれないということ。そうすれば、魔物も元に戻って人を襲わなくなるし、世界も平和になる。それは私の目的でもあるんだ。あとは、お前があの子を助けてくれたから、お前の力になりたいと思った。言えるのはそれくらいだ」


 二つ目の理由を恥ずかしげもなく言った青年に対し、私の方がむしろ恥ずかしくなったが、一つ目の理由は納得できるものだったので、私は悩みながらも、最終的に先ほどの提案を呑むことにした。浄化能力が上がるとは思えないが、今の私に戦闘練習は必要だ。けれど、一人での練習にも限界がある。だから、彼の申し出はありがたい。


「わかりました。ならば戦闘練習に付き合ってもらいます」

「あぁ、それでいい」


 満足気に微笑む青年の顔を、彼と会ってから初めて見たとぼんやり思いながら、「私はよろしくお願いします」と頭を下げた。


「そういえば、名前を聞いてなかったな。お前の名前は?」


 ふと青年に聞かれ、私は黙り込んだ。


 いつもなら体の持ち主である「美奈子」と言う名前を名乗るべきなのだろう。けれど、先ほどの夢のせいで自分の名前を忘れることが怖いと思っている私は、どう答えるべきか迷ってしまっていた。


「……言いたくないのか?」


 青年の顔が怪訝そうに歪む。けれど、青年はそれ以上追及しようとせず、「ならば答えなくていい」と言おうとしたのがわかった。


「……まどか」


 気づけば私は「私の名前」を名乗っていた。青年が不思議そうな顔をしたので聞こえなかったのかと思い、今度ははっきりと「私の名前は『まどか』です」と答える。途端、青年は嬉しそうに笑った。


「マドカ、だな。ならば私も名乗らなければいけない。私の名前はユーク。呼び捨てで良い。敬語もいらない」

「ユーク、だね。わかった」


 忘れないように頭の中で何度も「ユーク」と繰り返す。彼の名前を忘れたら困るので、後できちんとメモを取らなければ。


 しかし、何か違和感があることに気づく。正確に言えば、彼の名前がどこか引っかかる。まるでどこかで聞いたことのあるような……。


「っ!」

「どうした?」


 咄嗟に頭を押さえた私を見て、ユークが心配の声を上げた。私がすぐに「何でもないから」と笑って答えると、彼は「そうか?」と不思議そうに首を傾げたが、それ以上は何も聞いてはこなかった。


 ……初めて会った時に気づけたらよかった。そしたら、こんな形で関わることにはならなかったのに。


 ユーク――ユークレイズ・トア・ルナーツェ。彼は、魔族を束ねるルナーツェ国の王――つまり、魔王だ。



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