第十三話
私が元の体に戻ってから、二月が経った。
最初、記憶が完全に戻っていなかった私は、日常生活に支障をきたした。人の名前を忘れていたり、勉強した箇所を忘れたり。周りも、「私がいなかった期間のまどか」と今の私の印象が変わったことに対して驚いていたが、「でも以前の雰囲気が戻っただけだし、優しいのには変わりない」と言ってくれた。けれど、私がいなかった間のまどかとはどういうことなんだろうか? てっきり、私の体は植物状態のようになっているかと思ったのだが、そんな話周りからは聞かない。もしかしたら私と同じように別の誰かが私の中に入っていたのかもしれない。
戻ってきて以来、私はあのゲームに触れていない。単純に勉強や私生活が忙しかったからというのもあるが、実際は少しでもユークたちに会いたくなるのが怖かったからだ。
本当はあの後どうなったのだろうとか、ちゃんと別れを言えていないとか、気になることはたくさんある。けれど、あの世界に行ける方法がわからない以上、ゲームをやって彼らに会いたくなってしまうことが怖かった。アイドさんやルーシェさん、リラとジェイ兄妹やルゥは置いておいて、ユークは魔王としてゲームに登場しているから。
こちらに戻ってきてからゲームをやっていないとはいえ、私は過去のゲームのエンディングを思い出したのだ。その中にはユークのルートもあり、彼とのエンディングは、実際の瘴気の原因と同じく、国が原因だった。そのため、美奈子と仲間はユークと力を合わせ、国のトップである王様の悪事を暴き、新たな国へと変え、ユークと美奈子は結ばれるのだ。一番のハッピーエンド。それがユークのエンディングだった。
考えてみれば、ゲームをやりたくない理由は、ユークと美奈子が結ばれるところを見たくないというのもあるかもしれない。ならば他のキャラのエンディングを見ればいい話なのだが、正直言って美奈子の仲間たちにはいい思い出がないし、他のキャラのエンディングだとユークは魔王として倒されてしまうのだ。そんなのは見たくはない。
そんな理由もあってあのゲームはやってはいないが、ゲームソフト自体はいまだ私の家に置いてあるので、ふとした時に気になってしまう。今日も勉強中気が抜けてふと棚を見ると、ゲームソフトが目に入ってしまった。
こんな時は気分転換に限る。私は久しぶりに、よく行くなじみのお店のお姉さんに会いに行くことにした。
店に辿り着いてから気づく。このお店が小さいとはいえ、ゲームショップであったことを。
そういえばあのゲームを買ったのもこの店だった。ここの店員であるお姉さんに勧められて買ったのだ。ちょうどあの頃、祖母が亡くなったばかりで、気分を変えるためにどうかと言われ、買ってみたら意外とハマってしまい、夢中になってやったのを覚えている。
……いけない、いけない。あのゲームの事を忘れるためにここに来たのに、結局あのゲームの事を考えるなんて。私は忘れるように頭を振り、店のドアを開けた。
「おぉ、いらっしゃい。久しぶりね、まどかちゃん」
「お姉さん、久しぶりです」
入ってすぐにお姉さんが出迎えてくれた。明るい彼女を見ると、こちらまで元気になれる。
「いやあ、ようやくここに来てくれたわね。待ちくたびれたわ」
「? 私が来るのを待っていたんですか?」
私が今日、気分転換をしようと思ってここに来なければ、彼女はどうしていたのだろうか。そう疑問に思ったが、彼女の用事の方も気になり、私は「何の用で待っていたんですか?」と尋ねた。
すると彼女は「待っていました」と言わんばかりににんまりと笑う。
「実はね、前買ったゲームについて説明するのを忘れていて」
「前買ったゲーム? ええと、シミュレーションゲームの事でしょうか?」
「違うわよ」
最後に買ったゲームと言えばそれだったはずなのだが、では一体何だというのだろうか。
「あなたが中学の時に買った乙女ゲーム。当然わかるでしょ」
まさか忘れたがっていたゲームの話をされるとは思っておらず、顔が強張る。
なんとか話題を変えようと、必死で頭を巡らせるが、彼女の口から出た言葉で私の脳が停止した。
「ねぇ、まどかちゃん、あのゲームと同じ世界に行きたくはない?」
私は急いで家に向かっていた。すぐにでも帰らなくてはならない理由があるからだ。
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返し、なんとか運動不足の足を動かしながら、先ほどの会話を思い出す。
『なんで、そんなことを……』
『まぁ、聞いていなさいって。実はあのゲーム、行きたいという気持ちが強ければあの世界に行くことができる、所謂、魔道具なんだよ』
『魔道具?』
『そう。本当なら、まどかちゃんはあのゲームを買った中学生の時にはあの世界に行けるはずだった。聖女の資格があったしね。でも、あなたは行くことを望みはしなかったし、向こうもまどかちゃんを召喚することはしなかった。今思うとあの腐った王様に召喚されずに済んでよかったのかもしれないけれど。まどかちゃんが意外とお祖母様の死を耐えられたのも大きいわね』
『よくわからないんですけど、お姉さんは一体何者なんですか……?』
『私? 私は向こうの世界に住む、森の魔女と呼ばれる存在だったものよ。今は孫が森の魔女をやっているから、正式には違うけれどね』
『孫!?』
『これでも結構年寄りなの。とにかく、私は森の魔女の使命で、聖女をあちらの世界によぶために、聖女であるまどかちゃんにあちらの世界に行けるゲームを渡した。もちろん、美奈子の方にもね』
『美奈子にも? そうか、私が聖女っていうのはよくわからないけれど、美奈子は聖女だから……』
『そう。王様に選ばれたのも美奈子。でも、美奈子には荷が重かったみたいで、とうとう私が作った魔道具「魂を入れ替える魔道具」を盗み出した。そして、まどかちゃんと入れ替わった』
『入れ替わった? じゃあもしかして、私の体には……』
『美奈子が入っていたのよ。全く面倒なことをしてくれたわ。盗むために孫の記憶を書き換えるなんて。さらに術を重ねてかけたせいで、孫は「魔道具を盗まれた」と認識していても、犯人を調べないように行動を制限されていた。自分の失態がばれたくないからと言って面倒なことになっているし……。全く……私が術を解かなければ解決できずにどうなっていたのやら……。いや、それよりも、まどかちゃんのことね』
『え? 「それより」で片づけちゃうんですか?』
『もう解決したしね。それでまどかちゃんは、あちらの世界に行きたいの?行きたくないの?どっちにするの?』
『えっと……』
『別にどちらの選択をしても私は文句言わないけれどね。でも、私はしないで後悔するよりもして後悔する方がいいと思うよ』
『して後悔……』
『……で、まどかちゃんは、どちらを選ぶの?』
ようやく家に着いた頃には、久しぶりに走った体のせいで、おなかが痛くなっていた。店から家までの道のりは短いはずなのになぜと疑問を抱きながらも、自室のある二階へと上がる。
そしてすぐさま棚からゲームを取り出し起動させると、強く願った。
「お願い! 私をユークの元へ連れて行って!」
瞬間、私の体は光に包まれた。




