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第一話

主人公の性格は暗いです。

それでも見てくれるとありがたいです。

 確かに、もともと異世界という存在に憧れを抱いていたのかもしれない。


 けれど、それはあくまでも「今の状況から逃れられるなら」という理由だ。それに本気で言っているわけではない。少なからず、自分が生きてきた世界と違う世界で生きていくなど、普通に考えれば難しいことだと分かるはずだ。


 だから、今の状況は望んだものではない。好きとはいえ、私はこの世界になんて来たくなかった。この乙女ゲームの世界に。


「ミナコッ! 魔物がそっちに行ったぞ! 撃て!」


 仲間の声が響く。この名前にももう慣れた。けれど、いまだに銃口を生き物に向けることには慣れていない。銃を扱う練習はしているものの、実戦は違う。現に引き金を引いても魔物にかすった程度で、動きを止めることすらもできなかった。


「馬鹿! それじゃあ当たらねぇ!」

「ご、ごめんなさい!」


 反射的に謝るも、返ってきたのは舌打ちだけだった。最終的にその魔物は別の仲間が仕留めた。魔物の死体は「美奈子」の時と違い、血を流したまま動かない。私が役目を果たせなかった結果だ。


 魔物自体は倒せたものの、いつものように重苦しい空気が漂う。皆、心の中で「聖女は相変わらず役に立たない」と思っているからだろう。私自身も足を引っ張っている自覚はある。だから、この空気を壊そうと明るく振舞うことはできなかった。


 誰かの「今日は何も収穫はなかったし、宿に戻る」と言う言葉を皮切りに、一人、また一人と宿へ戻っていく。彼らの視界にはもう私の姿など映っていなかった。最後に立ち去った仲間ですら私に目もくれず、とうとう私一人だけになった。「聖女」を外に一人残しても、誰も何も感じない。当然だ。無能な聖女を気にかける暇などない。


 だから、私のこの行動など誰も知らないだろう。私は手慣れた様子で胸ポケットから「自分のものではない」生徒手帳を取り出し、いつものようにメモを確認する。


『私の名前は高月まどか。十八歳。そして、私は聖女ではない』


 まだ自分の事について覚えていることに安心しながら、私はそれを胸ポケットへと戻した。






 私がこの世界――私の大好きな乙女ゲームの世界に来たのは、先月のことだ。そして、私の見た目が「私」ではなくなったのも。


 その日、私は受験の息抜きにと、このゲームを起動させた。何周もクリアはしていたが、以前最初から途中まで進めていたセーブデータがあったことを思い出したのだ。


 ゲームの内容自体は、普通の女子高校生が異世界に聖女として召喚され、仲間と共にその国を穢れから救うという、よくある話だ。


 ただ一つ変わった点があった。それは「聖女」という肩書きにしては珍しく、自身も「魔銃」と呼ばれる魔力を込めて撃つ拳銃を使い戦うことができる主人公であるという点だ。


 とはいえ、別に殺すわけではない。聖女がしているのはあくまで「浄化」なので、銃弾が魔物に当たっても死にはせず、魔物は元の姿に戻るだけだ。魔物は「穢れを受けて狂暴化した生き物」なので、元は動物だったりする。逆に言うと、聖女以外の人間が魔物を攻撃すると、そのまま死んでしまう。だから、仲間たちが魔物を弱らせ、最後の攻撃は聖女が行うのだ。


 私が主人公を操作し、最後の攻撃を敵にぶつけると、魔物だった敵は浄化されて動物へと姿を変えた。これで全五章あるうちの四章は終えたことになる。あとは最終章のみだ。


 とりあえずここで一区切りにしようと私はセーブをし、ゲーム機の電源を落とした。すぐに勉強する気も起きず、私はベッドにゴロンと横になる。


 そのとき一瞬でも「異世界に行けるなんてうらやましい」と思ってしまったことが間違いだったのかもしれない。その時の私は受験から逃れたくて仕方がなかったから。すぐに私は実際なら戦うことなんてできないだろうという考えに変わったのに、現在こうなってしまったのは、きっと楽な考えをしようとした私への罰だったのだろう。


 そのまま寝てしまった私は、目が覚めると見知らぬ部屋にいた。正しくは「見たことはあるが、一度も足を踏み入れたことがない部屋」である。その部屋は、ゲームで一日の行動を終えたときに主人公がいる部屋と全く同じ内装だった。正しく言えば、主人公が最終章で泊まっていた宿屋の部屋と同じものであった。


 その時の私はとても混乱し、夢じゃないかと疑っていた覚えがある。しかし、部屋のいたるところを触ってみると、どうも感触がリアルだ。けれど着ている服装はどこかで見たことはあるが、私の物ではない。不審に思いながらも洗面所に行き、鏡を見た私が悲鳴を上げなかったのは奇跡に近い。なぜならそこには「私」ではなく、ゲームの主人公「鈴瀬美奈子」の姿が映っていたのだから。


 しばらくは現実だと信じられず、ボーとしていた。夢だと思いたくて目が覚めるのを待ったが、一向に覚めない。私がようやくこれを現実だと把握できるようになったのは、その直後に外に出て魔物に襲われそうになり、腰にぶら下げていた拳銃を取り出して引き金を引いた時だった。


 固い引き金の感触。バンッという耳なじみのない音。直後聞こえてきた苦しそうな悲鳴。


 運よく銃弾が当たらなければ、私は死んでいた。瞬間、一気に恐怖という感情が体中を駆け巡る。同時に、美奈子の体のおかげで魔物を浄化できたとはいえ、「生きているものを撃った」という事実も恐れに変わり、私はその場に座り込んだ。


 その後の事は覚えていない。美奈子の仲間である騎士と強いという理由で国に雇われた傭兵に宿屋まで運ばれたところまでは覚えている。そのときも彼らに「美奈子」と呼ばれたので、私は美奈子の体に入ってしまったのだろうと、その時ようやく理解できた。それまでは夢だという意識が強かったから。


 そのせいか、私を美奈子だと思っている仲間は、最初の頃は優しかった。けれどあれ以来戦闘が怖くなってしまった私は、予想通り足を引っ張ってばかりで、すぐに役立たずだと認識されるようになった。


 このままではいけないと、その後すぐに一人で拳銃を扱えるよう練習するようになったが、教えてくれる人はいないため、あまり上達はしていない。ゲームの主人公である美奈子は戦闘センスがあったのか、もしくは主人公補正か、なぜか最初から銃が扱えたのだ。当然そんなものなど、主人公ではない私には備わっていない。それに、生き物を撃つことに対する恐怖もいまだにある私が拳銃の扱いを習得するのには、相当な覚悟と時間が必要だ。そのため、私が戦闘で上手く立ち回れるようになることは難しいのかもしれない。


 本当は「私は美奈子ではない」と伝えるべきなのだろう。「私は聖女ではないのだから戦えないし、役目を果たすことはできない」と。けれど信じてくれるかどうかわからないし、信じてもらったところで私自身はどうすればいいのだろうか。元の体に戻れるかわからない以上、下手すれば美奈子の仲間に置き去りにされて野垂れ死ぬかもしれない。「聖女」ではない私を守る必要はないのだから。


 だから私は彼らを騙したまま、この場にい続けるしかないのだ。例え、どんなに役立たずで、彼らに嫌われていようとも。私は必死で生きるために努力し続けるしかないのだ。


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