表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

妄想の帝国 健康管理社会

妄想の帝国 その17 健康管理社会 不健康記者クラブ解体現場

作者: 天城冴

ニホン国、大新聞記者クラブの部屋では、忖度、御用メディアを訝しる新人に、先輩記者が大手メディアのあるべき姿?を答えていたが…

増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。

“健康絶対促進法”の設立である。健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案である。個人の権利を侵害するとして反対もあったが

“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”

“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”

などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。

そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。

健康警察の活動は次第に拡大し、不健康を生じる組織、企業までが、取り締まりの対象となり、それに伴い違反者の裁判、収容、更生を担う健康検察や健康管理収容所などの組織が作られていった。やがて国民の理解や支持を得てゆき健康絶対促進法関連の組織は次第に権限を増していくことになった。

 健康警察そしてその関連組織は、政府、財界すら無視できない大きな勢力となりつつあった。


ニホン国、国会議事堂に近いとある建物の一角。そのビルの一室でスーツ姿の男性がモバイルパソコンを開いていた。

「えーと、官邸への質問はー、あれ、どこいった」

隣にすわっていた20代後半をおぼしき男性が

「ハシリドコロ先輩、これじゃないですか、このファイル」

と、ディスクトップのフォルダを指さす。

「あー、そうみたいだな。サンキュー、ボウフウ。次の記者会見でする予定の質問だ、間違えたらまずい。官邸からこのような質問をとあらかじめ指示がでてるからな」

「いえ。でも、なんで僕ら記者が、独自に考えた質問をしたら不味いんでしょう」

「それはさ、変な質問したら、このニホン国大新聞記者クラブから追い出されるからだろ。仕方ないんだ」

「でも、官邸からの指示どおりの質問しかしないなら、みんな同じような当たり障りのない質問ばっかりになりますよ。欧米のメディアみたいにカッコよく権力者に鋭い質問とかする人があんまりいないじゃないですか」

「いいんだよ、それで。重要な情報を官邸やら閣僚の方から聞き出すには、あまり困らせないほうが」

「でも、それじゃ、聞き出せる情報なんて向こうさんの都合のいいことだけかもしれないじゃないですか。フリーのダナカさんとか、地方紙のマンゲツさんみたいに外国記者からも一目おかれるような取材とかしなくていいんですか」

「バカいうな、ボウフウ。そんなことしたら、官邸から煙たがられるし、我が社の報道部長が首相との会食に読んでもらえないじゃないか、俺たちだってご相伴にあずかれないし」

「でも、そんなの慣れ合いですよ。第一首相との会食って焼き肉とか寿司と酒三昧で、健康に悪いし、それに毎回会食に出てたら終電に間に合わないですし」

「それがいいんだろ。下手に早く帰ったら、嫁さんに家事、育児に協力しろって言われるんだあ。おれは料理なんかしたくない!風呂の掃除なんて面倒くさい!子供のオムツなんか替えられないし、だいたい赤ん坊が泣いたら、どうしていいんだかわからん!」

「でも、ハシリドコロ先輩のとこ共働きでしょう、奥さんも働いてるのにズルくないですか」

「だから、仕事なんだよ、仕事!家に早く帰るより美味い焼き肉食べて、向こうで金をだしてもらえるんだからいいじゃないか」

「でも、ハシリドコロ先輩、この間の健診すっぽかしましたよね。僕はちゃんと受けましたけど」

「いいんだよ。どうせ“血糖値高め、運動をもっとしましょう”としか言われないんだろ。病気になったときはなったときなんだ、仕事したせいでなったんだから仕方ないじゃないか。ちゃんとウチの会社は社会保険加入してるし、保険だって」

「でも、保険で治療費が全部賄えるわけじゃないですよ。第一治療って言ったって、間に合わないこともありますし。糖尿病とか心筋梗塞とか脳梗塞は怖いですよ。失明、四肢の切断、身体麻痺とか」

「そ、そんな怖いこというな!本当になったらどうするんだ!お前は医者かボウフウ。医者はそうやって患者を脅すんだ!だから医者は嫌いだ!」

「でも、本当に生活習慣病や過労や睡眠不足は酷いことになるんですよ、認知症の発症率も高くなるという研究結果も」

「うるさい!そんなこと聞きたくない!」

「でも、事実ですけど」

「事実だろうが、真実だろうが、そんなことを言うんじゃない。人が聞きたくないことなんて言わなくていいんだ!」

「でも、僕たち記者なんですよ、真実を追求するのがジャーナリストなんじゃ」

「だ、だからなんだ!外国はそうかもしれないけど、ニホン国は違うの!大衆に真実っぽい都合のいいこと書いてればウケるの!どうせファクトチェックなんて地方紙とかフリージャーナリストとか、総理との会食にも呼ばれないような奴がやってんだから!俺らニホンの記者は記者クラブに所属して、お偉いさんのリークしてくれる情報を書けばいいんだよ!」

「でも、それって権力の犬、御用記者」

「それの何が悪い!読者がそれで疑問にもたないんだからいいだろ」

「よくはないな」

「へ?」

先輩記者が振り向くと、そこにはボウフウではなく、見覚えのあるパワードスーツに身を固めた男性。

「け、健康警察!」

「さすがにメディア関係者だな、我々のことが一目でわかったか。たまに機動隊と間違えられるんだが。一応名乗っておこう。健康警察、職業関連精神不衛生担当隊の隊長アマチャだ。」

「いや、その、取材とかありましたっけ」

「いや、ないな」

「じゃあ、どうしてここにいるんです。ここは政府関連の建物でその」

民間の会社の記者でありながら政府関連をなぜか強調するハシリドコロに、アマチャ隊長は淡々と答えた。

「仕事だからな」

ハシリドコロは状況が全く認識できず、目を白黒させた。

「あ、あの、その、どうして健康警察方がここに、第一ここは記者クラブ専用室で」

「だから、私たちは私たちの仕事をしにだよ。君らと違って仕事をするふりをして家事や育児、本来の職務も怠けるなんてことはしない」

「え、あわわわ」

慌てて周囲をみると、健康警察の隊員たちが、室内の書類やパソコン、機器などを押収し、関係者たちを拘束している。

「わー、ボウフウは、あいつはどうした!まさかもう連れていかれたのか」

動揺するハシリドコロの目にとまったのは、パワードスーツ姿のボウフウが他の隊員を先導し階上に行く姿だった。

「え、え、えー!ボウフウ、あいつ、健康警察だったのか!」

「彼は記者クラブを内偵していたんだよ。君ら記者たちが家にも帰れず、働きすぎ。おまけに報道内容は権力者へのゴマすり、忖度、おべっかばかり。これは心身ともに不健康、家族や新聞読者たちの通報があってな。しかし本当に気が付かなかったのか」

「いや、その、全然」

と言いながら、ハッとした。ハシリドコロはボウフウについて何も知らなかったのだ。新入社員がやめた穴埋めとして入ってから、自社の社風やら、記者クラブお出入りの記者の心得から、家族の愚痴まで、ハシリドコロはボウフウに一方的に話すだけで、彼から何かを聞き出すことはなかった。

「俺、なんにもボウフウに質問とかしてなかった、なんにも」

「真実を追求する記者が、目の前のことの調査もできなかったとはね。そもそも疑問に思わなかったのか」

「中途入社でウチみたいな政府ヨイショ新聞と揶揄されるとこに来る奴にしては優秀だとは思ったけど、でも」

「疑問を感じたら、掘り下げて物事を調べるのが記者だとは思ったが。まあ心身ともに病みきったニホンの記者には無理か。そうだボウフウから、これを渡してほしいと言われたんだ」

「え、あああ、俺の血圧、血糖値!あいつ、アイツいつの間に調べたんだ!」

「今じゃほんの少しの血液や、唾液などでも診断はできる。酔ったときにでも調べたんだろうが。飲酒や睡眠不足であることも差し引いても、この数値はかなりヤバいぞ」

「え、まさか、足を切られるとか、脳の血管が詰まってぶっ倒れるとか!」

「今すぐにではないが。二、三年後はその可能性は高いな。若年性認知性の可能性も」

「わーわー、ど、どうしよう、妻や子がー」

「どうせ家庭のことは奥さんにまかせっきりなんだろう?共働きだそうだし、保険もかけてるんだろ。君がいなくてもご家族はやっていけるよ。健康管理法制定から子供の心身共に健全な発達のための社会制度も充実しつつあるし」

「嫌だー!俺は夫で父親なんだー、生きていたいー」

「家族をほったらかしでロクに家にも帰らないのにか。それなら、すぐに治療を受けるべきだ、しかも最新の超高度な治療を、だがそのためには」

「な、なんでも協力します、証人として価値があれば治療はいくらでも受けられるって知ってます!」

「そういうことだけはよく調べてるな。国民や読者のために調査して事実を明らかにすればよかったのに」

呆れながら隊長はハシリドコロを連行した。ほっとしたような表情のハシリドコロをみてため息をつく。

(はあ、望んで無茶な働き方をして無謀な飲食につきあうとは。働きすぎて脳がおかしくなったのか、精神がおかしくなったから働きすぎたのか。どちらにしろ、心身は密接に関連している。ニホン国を真に健康にするには、その点を考え、心も体もボロボロになる今のニホンの体制そのものを見直すべきなのかも、ヨウジョウさんのいうように)

 記者クラブの捜索も佳境に入り、隊員たちが“ニホン国大新聞社記者クラブ”の看板を外していた。達筆な字で書かれた年代ものの木製の看板は大きかったものの、虫でもいたのか、裏側は穴だらけで、ところどころ空洞になっていた。

「壊さないように注意しろよ、重そうだが中はスカスカ、ボロボロの見掛け倒しだ、この自称記者クラブみたいにな」

アマチャ隊長は苦笑いしながら、隊員たちに声をかけた。


頭を使って質問も考えず、毎日肉ばかり食べ、毎日終電で帰宅、などという生活だと本当に心身ともに不健康になるそうですので、気をつけましょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ