涙なんて、もういらない。
お久しぶりです。
ずっと、泣いたふりをしていた。
微睡のなかに、君を探していた。
ただ、縋っていたんだ。
君のやさしさに。
その声に。
君は僕を望んでいないって、わかってた。
わかってたんだ。
街を照らす街灯は、僕にはまぶしすぎた。
騒がしい音楽とともに、人々の声が流れ込んでくる。
駅のホームには眠っている君がいた。
そっと瞬きをして、夢から覚めた。
どうして、こんな時に君の事を思い出すのだろう。
きっと、ここが君の死に場所だからだな。
ここで死んだら、君はどう思う。
自分の死は無駄だったのかと、怒るのかな。
「くだらない。」
乗るはずもない電車を眺めた。
ふと目に入った自動販売機で、君の好きだった缶コーヒーを買った。
「甘い。」
僕には少し甘すぎる液体を飲み干し、ベンチに座った。
昔の事を思い出すには、ちょうどいい時間帯だ。
八年前、僕は死のうと思った。
すべてに絶望して、生きていてもしょうがないって、そう思っていた。
深夜。
終電が近づいてくる。
人身事故って人に迷惑かかるよな。
まあ、いいか。
もう、何でもいいや。
ホームにまぶしいくらいの光が近づく。
「さよなら。」
少し微笑んでそう言うと、誰かが声をかけた。
「ねえ、死ぬの。」
自分よりもはるかに高い声がそう言った。
少し小柄で、髪が肩に少しかかるくらいの女だった。
「は? 違いますよ。」
なぜかとっさに否定してしまった。
「嘘。絶対、死のうとしてた。」
あまりに明るく言うもんだから、ちょっと腹が立った。
「なんなんですか。 急に話しかけてきて。」
「いや、ちょっと気になってしまって。」
少し微笑んで、彼女は言った。
それから彼女は、これから呑みに行かないかと誘ってきた。
もちろん断った。
だが、彼女はなかなか頑固だった。
もう終電が行ってしまったため、今日は死ぬことができない。
どうでもいいや。
そんなことを思って、行くことにした。
1時間ぐらい呑んで帰ろう。
まあ帰る家も、場所もないけど。
それにしても、まだ僕が成人していないことを、この人は知っているのだろうか。
成人するまであと一年だから、わからなくても仕方ないか。
そんなことを思っている間に、彼女が行きつけだと言うバーについた。
落ち着いた雰囲気で、嫌いではなかった。
彼女は、いかにも女性が好みそうなものを頼んだ。
僕も同じものを頼んだ。
彼女は何のために、僕を誘ったのか。
それだけが疑問だ。
ただ、興味があるだけだろうか。
すると、いきなり彼女が話し出した。
「何で、死のうと思ったの。」
今までと違う、凛とした声で聴いてきた。
しょうがない。
ちゃんと答えるか。
「僕は、生きている価値がない人間だからです。」
「え? 私にはそんな風に見えないけど。」
「だって背、高いし。 顔も結構いいし。」
ほんと、考えが幼稚だ。
「外見しか見てないし。 それに身長はあなたが小さいだけだし、顔も全然よくないですよ。」
彼女はぶつぶつと不満を言いながら、甘ったるい液体に呑まれていった。
僕もだんだん、体が重くなっていく感覚を感じていた。
「なんか、酔ちゃったね。」
色白い、透けてしまいそうな肌が赤く染まっていた。
なんか、かわいいな。
僕にも普通の感情があったのかと、自分でも驚いた。
「もう、かえろっか。」
甘い声で、彼女はそう言った。
「君、帰る家あるの?」
僕を見上げて、つぶやいた。
「ないですよ。」
「それ、そんなに堂々と言うこと?」
彼女は笑った。
「うち、おいでよ。」
見知らぬ男を、そう簡単に入れていいのかと思ったがついていくことにした。
彼女はだいぶ酔っていて、立っているだけでふらついていた。
僕に寄りかかってきたり、ほんとに迷惑だ。
いきなり、僕の手に小さい手が絡みついてきた。
小さすぎる手。
酔っているせいか、その手を僕は握った。
なぜだろう、さっきまで死のうと思っていた人間にこんなことができるなんて。
彼女の手を握ってから、数分が立ち家に着いた。
普通のマンションだった。
部屋は意外ときれいで、物は少なかった。
「シャワー使って。」
上着を脱ぎ、彼女は言った。
言われた通り、シャワーを浴びて部屋に戻った。
お礼を言おうとすると、彼女がいきなり僕に抱き着いてきた。
僕は少し戸惑った。
小さいな。
そう思った。
彼女は僕の胸に顔を押し付けて、泣いていた。
どうすればいいかわからなかった。
ただ、抱きしめることしかできなかった。
彼女が少し顔をあげて、僕を見上げる。
僕は、彼女の顔に近づいて、唇に触れた。
きっと、酔っているせいだ。
彼女が無防備すぎるからだ。
そのあとの事はあまりよく覚えていない。
ただ、彼女の熱とそれに応呼する自分の熱だけを覚えている。
空が明るくなり始めたころ、彼女はベランダに出て、苦い煙をまとっていた。
街を見下ろし、息をついていた。
僕は見つめていた。
その時の彼女は、僕が今までに見たものの中で一番綺麗だった。
「起きた?」
彼女は微笑む。
ねえ、僕はいつになった君を忘れられる?
いつになったら、君を殺せる?
僕はいつになったら死ねる?
こんな涙捨ててしまえよ。
涙なんて、もういらない。