表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

涙なんて、もういらない。

作者: 一ノ瀬 奏汰

お久しぶりです。



ずっと、泣いたふりをしていた。


微睡のなかに、君を探していた。


ただ、縋っていたんだ。


君のやさしさに。


その声に。


君は僕を望んでいないって、わかってた。



わかってたんだ。




街を照らす街灯は、僕にはまぶしすぎた。


騒がしい音楽とともに、人々の声が流れ込んでくる。



駅のホームには眠っている君がいた。


そっと瞬きをして、夢から覚めた。


どうして、こんな時に君の事を思い出すのだろう。


きっと、ここが君の死に場所だからだな。



ここで死んだら、君はどう思う。


自分の死は無駄だったのかと、怒るのかな。



「くだらない。」



乗るはずもない電車を眺めた。



ふと目に入った自動販売機で、君の好きだった缶コーヒーを買った。



「甘い。」



僕には少し甘すぎる液体を飲み干し、ベンチに座った。


昔の事を思い出すには、ちょうどいい時間帯だ。



八年前、僕は死のうと思った。


すべてに絶望して、生きていてもしょうがないって、そう思っていた。



深夜。


終電が近づいてくる。



人身事故って人に迷惑かかるよな。


まあ、いいか。


もう、何でもいいや。


ホームにまぶしいくらいの光が近づく。



「さよなら。」



少し微笑んでそう言うと、誰かが声をかけた。




「ねえ、死ぬの。」



自分よりもはるかに高い声がそう言った。



少し小柄で、髪が肩に少しかかるくらいの女だった。



「は? 違いますよ。」



なぜかとっさに否定してしまった。



「嘘。絶対、死のうとしてた。」



あまりに明るく言うもんだから、ちょっと腹が立った。



「なんなんですか。 急に話しかけてきて。」



「いや、ちょっと気になってしまって。」



少し微笑んで、彼女は言った。



それから彼女は、これから呑みに行かないかと誘ってきた。


もちろん断った。


だが、彼女はなかなか頑固だった。


もう終電が行ってしまったため、今日は死ぬことができない。


どうでもいいや。


そんなことを思って、行くことにした。


1時間ぐらい呑んで帰ろう。


まあ帰る家も、場所もないけど。



それにしても、まだ僕が成人していないことを、この人は知っているのだろうか。


成人するまであと一年だから、わからなくても仕方ないか。



そんなことを思っている間に、彼女が行きつけだと言うバーについた。


落ち着いた雰囲気で、嫌いではなかった。



彼女は、いかにも女性が好みそうなものを頼んだ。


僕も同じものを頼んだ。



彼女は何のために、僕を誘ったのか。


それだけが疑問だ。


ただ、興味があるだけだろうか。



すると、いきなり彼女が話し出した。



「何で、死のうと思ったの。」



今までと違う、凛とした声で聴いてきた。



しょうがない。


ちゃんと答えるか。



「僕は、生きている価値がない人間だからです。」



「え? 私にはそんな風に見えないけど。」



「だって背、高いし。 顔も結構いいし。」



ほんと、考えが幼稚だ。



「外見しか見てないし。 それに身長はあなたが小さいだけだし、顔も全然よくないですよ。」



彼女はぶつぶつと不満を言いながら、甘ったるい液体に呑まれていった。


僕もだんだん、体が重くなっていく感覚を感じていた。



「なんか、酔ちゃったね。」



色白い、透けてしまいそうな肌が赤く染まっていた。



なんか、かわいいな。



僕にも普通の感情があったのかと、自分でも驚いた。



「もう、かえろっか。」



甘い声で、彼女はそう言った。



「君、帰る家あるの?」



僕を見上げて、つぶやいた。



「ないですよ。」



「それ、そんなに堂々と言うこと?」



彼女は笑った。



「うち、おいでよ。」



見知らぬ男を、そう簡単に入れていいのかと思ったがついていくことにした。



彼女はだいぶ酔っていて、立っているだけでふらついていた。



僕に寄りかかってきたり、ほんとに迷惑だ。



いきなり、僕の手に小さい手が絡みついてきた。


小さすぎる手。


酔っているせいか、その手を僕は握った。



なぜだろう、さっきまで死のうと思っていた人間にこんなことができるなんて。



彼女の手を握ってから、数分が立ち家に着いた。



普通のマンションだった。



部屋は意外ときれいで、物は少なかった。



「シャワー使って。」



上着を脱ぎ、彼女は言った。



言われた通り、シャワーを浴びて部屋に戻った。



お礼を言おうとすると、彼女がいきなり僕に抱き着いてきた。


僕は少し戸惑った。



小さいな。



そう思った。



彼女は僕の胸に顔を押し付けて、泣いていた。


どうすればいいかわからなかった。



ただ、抱きしめることしかできなかった。



彼女が少し顔をあげて、僕を見上げる。



僕は、彼女の顔に近づいて、唇に触れた。



きっと、酔っているせいだ。


彼女が無防備すぎるからだ。



そのあとの事はあまりよく覚えていない。



ただ、彼女の熱とそれに応呼する自分の熱だけを覚えている。



空が明るくなり始めたころ、彼女はベランダに出て、苦い煙をまとっていた。


街を見下ろし、息をついていた。



僕は見つめていた。



その時の彼女は、僕が今までに見たものの中で一番綺麗だった。



「起きた?」


彼女は微笑む。



ねえ、僕はいつになった君を忘れられる?


いつになったら、君を殺せる?




僕はいつになったら死ねる?




こんな涙捨ててしまえよ。





涙なんて、もういらない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ