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老傭兵の孫娘  作者: ないんなんばー
episode1 その暴風の名は、
2/3

(1)

 

「行ってきます、お祖父様。」


村の共同墓地で膝を付き、名の刻まれて居ない墓に向かって、出発の挨拶をする。


男の様な口調だが、その顔は癒やしの女神のように美しく、声は清流のせせらぎのように透き通っている。


ゆっくりと立ち上がると、光を放つかのような金の髪がサラサラと流れ、古めかしくも真新しい鎧と剣がガチャリと音を立てる。


翡翠の様な瞳が村の入り口に向けられる、丁度馬車の準備も整ったようだ。


少女は身を翻し、キビキビとした動きで馬車に向かう。

足の弱い母を、弟が支えながら見送りに来てくれていた。


「いってらっしゃい、イセリナ、体に気をつけるのよ。」


「うむ、お祖父様の教えを守れば、体に傷などつかないよ、アストお母様。」


「姉上、いろいろとやりすぎないで下さいね?頼みますよ?僕はもう隣で頭を下げられないんですからね?」


「失礼な、私はやりすぎた事などないぞ、カーソン。」


少しのやり取りを終えて、イセリナは馬車に跳び乗る。

幌のない馬車に乗るのは、行商人の男を除いてイセリナ一人。

立ったまま振り返り、村の全景を見渡す。


これが、お祖父様の築き上げた村だ、私の誇りだ。


雑貨屋で剣をねだった、パン屋で甘いお菓子を買って貰った、二人で鍛冶屋にお世話になった、しょっちゅう怪我をして村医者の常連になった、あんな事があった、こんな事があった。


沢山の思い出は色褪せることなく、胸いっぱいに広がっている。

この村で産まれて、育って良かった。


イセリナは目一杯の笑顔を浮かべて、母と弟に別れを告げる。


「いってきます!」



▽▲▽▲▽



「イセリナちゃん、大丈夫かしら?」


穏やかな丘を越えて、王都へと向かう馬車が見えなくなった頃、アストは心配そうに首を傾げる。


我が娘ながら、世の男よりも男らしい彼女を心配してなどはいない。

むしろ、イセリナの美貌に目を眩ませた男や、盗賊、または、イセリナを利用しようと企てる者、そういった輩の心配をしている。


「いえ、多分だめでしょう。姉上ですから。」


そんなおっとりとした母の心配をバッサリと切りながら、カーソンは遠い目を彼方の空に向ける。


この小さな村でさえあれだけの事件や騒動を起こせた姉のことだ、都会に行けばどうなってしまうのか、想像すら出来ない、いや、したくない。


「やっぱり、そうよねえ。」


昔の事を、ふと思い出す。


イセリナは物心がついた頃から、彼の事をお祖父様と呼んでいた。

彼もお父様と呼ばせようとはしなかった。


彼に傾倒し、彼の教えを受けて育ち、彼が亡くなった時に、傭兵になると涙ながらに呟いたイセリナ。


彼が亡くなる直前に一度だけ、お父様、と呼んだイセリナ。


彼の鎧を身に纏い、村を出たイセリナ。


「もしかしたら、気付いてたのかしらね。」


「何をです?」


「あの人が、本当の父親じゃないって。」


「えっ!?ちょ、母上!?それ僕も知りませんよ!?」


「あら?言ってなかったかしら?」


「え、父上って、え?」


「あなたはあの人の子供だから、心配いらないわよ?」


「いえ、そうではなくて。

…いいです、後でちゃんと説明して下さい。」


カーソンは溜息をついて、諦めた。

父が亡くなって一年、家族の中で唯一の常識人だった父の存在は、やはり偉大だったと思う。


「とにかく、姉上の、いえ、姉上に関わった人の無事を祈りましょう。」


祈りは恐らく、無駄になるでしょうが。



▽▲▽▲▽



「全く、馬車に人の足で追いつける訳が無いだろう。盗賊とは馬鹿しか居ないのだな。」


いえ、あなた追い付きましたよね、と行商人の男は思う。口には出さないが。


「しかし、やはりお祖父様の教えは正しかったな、『敵が多い時は逃げるに限る』、『まずは弱い者を狙う』、『正面からでも不意打ちは出来る』、早速実践出来てよかったのだ。」


いえ、あなた正面からボコボコにしただけですよね、と行商人の男は思う。口には出さないが。


「ああ、王都に行けば強い者がゴロゴロといるんだろうなあ、楽しみだなあ。」


いえ、私はあなたより強い人を見たことがありません、と行商人の男は思う。口には出さないが。


馬車はゆっくりと王都に向けて進む。可憐で美しい暴風を乗せて。


王都逃げて、超逃げて。


と、行商人の男は思う。口にも態度にも、絶対に出さないが。

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