戦乱の予兆
ざし、と砂浜を歩く。地平線には船の遠影が見えていた。
土地が変われば砂の質も変わるのか。エルジュの海岸の白くきめ細かい砂と違ってここの砂は赤茶けて粒が荒い。靴の中に入ったら足が傷ついてしまうかもしれないほどだ。砂というより小石や砂利に近い。ざりざりと砂を踏みながらダルシーはそんなことを考えていた。
地平線に見える艦船はこちらに近付いてくる気配はない。まだ双方睨み合いといった風体だ。どちらかがこの均衡を崩せば大乱戦の戦闘が始まるのだろう。
艦船から、そしてキロ島から。飛び道具や魔法による遠距離攻撃の打ち合いになるはずだ。さて。それはいいとして。そこまで考えてダルシーはふとあることに気付く。
ダルシーの獲物は大剣"ラグラス"。バルセナは六尺棒でハーブロークは大槍。どれも遠距離攻撃の手段など持たない。3人とも召喚武具を所持しているが、それが艦船に乗り込んで戦えるかというと微妙だ。雑兵など蹴散らせる力は持っているが、乗り込ませて戦わせるというのはあまり現実的ではない。
打ち合いになった場合、どうすればいいのだろう。"ラグラス"で海を凍らせようにも距離が遠すぎる。海を凍らせるとして、時間も魔力も相当注ぎ込まなければできないし、そんな労力を払わなければ解決できないような事態でもない。だが矢やら魔法やらを打ち込んでくるだろう艦船に対抗する手段がない。
「……なに?」
聞こえるか、と通信武具から声がした。ユミオウギだ。"千里眼"で島を監視しているカガリからの報せを伝達するという。曰く。
「ふたりとも、戦闘準備」
「お? なんだよ?」
艦隊に動きがあるという。今まさに力を振るわんとする魔力が船上に渦巻いている。つまり攻撃を仕掛けるために魔法の詠唱の真っ最中だというのだ。
ダルシーが言うが早いか、ひゅ、と視界に閃光がよぎる。危険を察知して身を翻した直後、ダルシーがいた場所に落雷が降ってきた。空は日が傾き始めているものの雲一つない晴天で、雷が落ちるような天候ではない。人工的なものだ。つまり、武具による魔法。
「早速かよ!」
戦火を切った落雷に嬉々としてハーブロークが言う。しかし戦闘準備とは言うものの、こちらには遠距離攻撃手段がない。結果として、歯がゆい思いを抱えてひたすら雷の回避につとめるしかない。
「っ、来る!」
海上の艦船から何かが飛翔した。それを視たカガリからユミオウギへ、そしてユミオウギからダルシーへ。短い警告が鋭く響いた。
言われた通り見てみれば、鳥のようなものが地平線に見えた。ぐんぐん距離を詰めて向かってくる。速い、と思った時にはすでに頭上にいた。透き通った薄紫の羽を持つ大隼の背に誰かが乗っている。召喚武具で召喚したもので艦船からここまで飛翔してきたのだと理解が認識に追いついたところで、大隼から誰かが飛び降りた。
ざし、と膝を曲げて着地し手をついたパンデモニウム所属の青年は、優雅ささえ感じられる動作でゆっくりと一礼した。黒に近い深い紫色の髪が揺れた。
「…カーディナル、"反転"のエイトゥル・グリアノーテ」
どうもよろしく、と無気力に満ちた表情でやる気なさそうに付け足した。ざっくりとしたデザインのチュニックの胸元は開いており、鎖骨のあたりにパンデモニウムの刻印が見えていた。
「はぁ…もう帰りたい……まったく…俺に押し付けないでよ…」
沈鬱な雰囲気を漂わせる彼はどんよりと暗い口調で愚痴をこぼす。どうやら先遣隊として単身突っ込まされたようだ。
「敵中に独りとは同情するね」
ぼやいた言葉を拾ってハーブロークが返す。口ぶりの割に同情するつもりは微塵もないが。独りでやってきたということは、それに足る実力があるということ。単身でも戦火の口火を切るにふさわしい力があるということだ。
「同情どうも。……"スタックスタッフ"」
帰りたい。だが役目をこなさねば帰れない。それならば早々に仕事を済ませるに限る。与えられた仕事とは、キロ島の全滅だ。
右手首のブレスレットに魔力を込めて、"反転"のエイトゥル・グリアノーテは身丈の半分ほどの杖を取り出す。脱力した風情で握り、はあ、と溜息を吐いた。
「…帰りたい……」
しかしまぁぞろぞろと。ぼやきながらカガリは高台から海を見た。"破壊神"による攻撃に失敗した今、大軍を送り込んでくるのは予想がついていたが、まさかこれほどの人数とは。ひしめく艦船の影で地平線は黒く染まっていた。
じわじわと包囲の輪を狭めながら、艦隊はキロ島に近付いている。目視で悟られないように、ゆっくりと。だが島全体を俯瞰で見渡すことができるカガリにはそんなものお見通しであった。
すでに簪隊が詠唱に入っている。召喚連隊である簪隊は魔力を合わせ、ひとつの召喚物を召喚する。渦巻く魔力を感知してか、艦隊からひとつの鳥影が飛んだ。角度と方角から、エルジュからの客人の方向だと判断し迎撃を依頼した。彼らならきっと返り討ちにするだろう。
さて、自分自身も働かねばならない。キロ島とキロ族を守護する火の神と交感し対話する祭壇に立ったカガリはそっと目を閉じた。
「此の神床に仰ぎ奉る火鎚の神よ……」




