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カミサマが助けてくれないので復讐します 2  作者: つくたん
ベルミア大陸 ベルズクリエ国
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幕間小話 王様とお妃様と王子様

最初の記憶は農村だった。羊を飼って羊毛を刈り取るのが産業だった。男たちが刈り取った羊毛を女たちが紡いで糸にする。それを染めるための染料である植物を摘むのが子供の仕事だった。

そんな農村の中にあるのに、自分の家は羊も飼わなかったし糸も紡がなかったし染料も摘まなかった。だが食べるものも着るものも何も不足することはなく、必要なものは月に一度やって来る馬車が届けに来た。

この家には母親しかおらず、自分が父親の存在を問うても母は微笑んで首を振るだけだった。幼い自分はその意味もわからず、どこか悲しそうな顔をする母を見てこの話題に触れるのをやめた。

そんな自分が村の子供たちとなじめるはずはなく、明日必要な分の染料を摘み終わった籠を木の根本に置き遊び回る様子を遠巻きに眺めているしかできなかった。混ざりに行こうとすると、それを見つけた大人たちが引き離すのだ。去り際に大人たちが話す、お貴族様の妾の子、という言葉の意味がわからなかった。

ともかくも自分と母は村の中で孤立していた。病気になれば村の医師が薬を届けてくれるが、それもどこか他人行儀で義務的なものだった。お見舞いという言葉は本の上のものだけで現実には存在しなかった。

「君がセレストリアだね?」

ある日、いつものように遠巻きに子供たちの遊びを眺めていた時のことだった。背後から声をかけられ、声がする方向を向いた途端にセレットは誰かの足に鼻をぶつけた。鼻を押さえて見上げると、そこには大人の男性が立っていた。

見たことのない人だ。いつも生活必需品を届けてくれる馬車の御者とは違う。それよりもずっと立派できらびやかな服を着ていた。

誰だろう、と驚愕しながらセレットは投げかけられた言葉を反芻していた。いつか母が言っていた言葉を思い出す。お前の名は本当はセレストリアといって、セレットは愛称なのだよという言葉を思い出す。いつもセレットと呼ばれているから自覚の薄い本名だ。記憶に埋もれた本名を思い出して、そしてそれから問いかけの言葉を理解してセレットは頷いた。

「おぉ、やはり。目鼻立ちが似ているな」

立派な服を着た大人はそう言って破顔した。おいで、と優しく手を取られた。促されるように軽く引っ張られ、セレットは小さく抵抗をした。

連れて行かれる。知らない人についていってはいけないのに。いやいやと首を振るセレットだったが、大人と子供の膂力の差の前にはそんなこと無駄だった。引きずられるように連れて行かれた先には豪華な馬車があり、その中にはセレットの母親が乗っていた。緊張した面持ちの母はセレットを見、その膝に載せて抱きしめた。

その対面に座り、立派な服を着た大人は御者に出立するよう命令した。がらがらと車輪を回して疾駆する馬車の中で、立派な服の大人は小さな子供であるセレットにもわかるように言葉を砕いて説明を始めた。

「驚かせてすまないね。そして、無理矢理ですまない」

母にしがみついて怯えの表情を見せるセレットに立派な服の大人はまずそう謝った。そして、自分がセレットの父親であることを告げる。やんごとない身分なので今まで会えなかったのだ、と付け加えて。

「…おうさまなの?」

セレットの貧困な想像力では、偉い人といえば童話の中に登場するような王様しかいなかった。そうだよ、と"王様"は頷いた。それなら童話になぞらえるなら、お妃様は母であり自分は王子なのか。セレットはこの話をそう解釈した。

空の頂点にあった日が山の向こうに消えるまで、長いこと走っていた馬車はやがてひとつの屋敷の前で止まった。離宮なのだという言葉はよくわからなかったが、セレットの目には童話に登場するような豪華な城に見えた。


そこからの生活は農村とは違っていた。農村で母親がそうしていたように、メイドという存在がセレットの生活を世話した。メイドが用意した食事を食べ、メイドが洗濯した服を着て、メイドに文字を習い、メイドが整えたベッドで眠る。

それは農村で暮らしていた時と何も変わらなかった。世話をしてもらう相手が母からメイドにすり替わっただけだった。使うものの品質が変わっただけだったが、幼いセレットにはその違いなどわからなかった。

「おかあさんとはいつあえるの?」

屋敷に到着した日から、セレットは母から引き離された。それから両手の指では足りないほど日が経っている。メイドの言うことをよく聞くんだよ。別れ際にそう言いつけられたことを従順に守っている。いい子にしていれば会えますよとメイドが常日頃言っているが、こんなに従順に守っているのにいまだ会えない。

「さぁ、わかりかねます」

いつもの回答を口にしたメイドは机に教本を積んだ。これをしっかり読んで内容を理解するように。そう言い残してメイドは部屋を出ていった。

ここから夕飯になるまでの数時間、メイドは部屋に訪れない。最低限の世話だ。だがセレットにとって母以外からの最低限の義務的な応対は常だったので特に気にせずメイドを見送った。

遠巻きに遊びの様子を観察する子供たちがいないのはつまらなかったが、セレットには新たな遊びを見つけた。屋敷の探検だった。

ここに住むようになって、メイドが簡単な屋敷のつくりを教えてくれた。ここは"はなれ"という家で、"ほんけ"という家がある。その両者をつなぐのは黒い石畳の廊下で、セレットは黒の廊下を越えて"ほんけ"に行ってはならないのだ。その理由をメイドは教えてくれなかった。ただひたすら、だめだと繰り返した。もし破れば罰として母に会わせることはできないと言われれば、セレットは理由も知らないまま従うしかなかった。

だから探検は"はなれ"の中で常に行われた。片手で数えられる年齢の小さな子供にとってはそれで十分であった。連れてこられたその日から、10日かけてセレットは自分にあてがわれた部屋を探検し終わった。それならば次は部屋の外だ。

扉には鍵などかかってはいない。もしかしたら母のいる部屋を見つけられるかもしれない。希望を胸にそっとセレットは扉を開けた。

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