世界の構造は
「ってアルフがシンパイしてたヨ。どうかした?」
防砂林の前で夕日を眺めていた猟矢にアッシュヴィトが声をかけた。あぁうん、と返事をした猟矢はひとつ大きく長い息を吐いた。
アッシュヴィトは猟矢の突拍子もない言葉を受け入れてくれる。何を言っているんだとアルフが溜息を吐くようなものでもちゃんと聞いて、こちらの世界の常識と擦り合わせて新しく解釈する。ダルシーが黙殺するようなとんでもない発案でも拾うし、バルセナが肩を竦めるような夢物語でも実現するためにはどうすればいいか知恵を絞る。"キャンセル"という莫大で強力な特殊能力が付与されていると猟矢が告白した時、その強力さに信じられないという顔をする一同の前ですごいと褒めて手を叩いた。
そんなアッシュヴィトならば話してもよいだろうか。しばらく悩んで猟矢は告白することにした。夢物語かもしれないけど、と前置きを置いてから、この世界が猟矢の創作したものの寄せ集めではないかという説を話した。
だってあまりにも似ている。記憶の片隅に放置した数々の未完成の創作に。思い返せばあれもこれも似ている。固有名詞こそは違うが、世界に散在する物事が過去の創作の設定と酷似している。魔法の属性元素と、それぞれを信仰する民。魔法という複雑なプロセスを省略する便利な道具とそれを用いて戦う行為。それを作り出すための神秘的な儀式。巨大な竜の背に村を作る民。海竜が起こした波のせいで常に荒れ狂う海のそばに建つ街。その世界を支配する悪徳の集団。それに対抗するための組織に主人公は所属している。すべての符号が過去の創作にあったものだ。
だが、微妙に違うことはある。猟矢の創作では魔法を起動する便利な道具は神秘的な儀式でのみ生み出されるもので、こんなふうに各地で量産されるものではない。違う、というよりもこれは。
「えぇと、サツヤが作ったオハナシより進歩してるってコト?」
「うん」
"こういうもの"として猟矢が過去に生み出したものから、時代や文明が進歩している。神秘的な儀式でのみ生み出される道具として猟矢が作り出したものは、この世界でも武具という存在として産み落とされた。そしてこの世界に住む人々が進歩し、技術が確立して各地で量産されるようになった。そう考えれば辻褄が合う。
「勝手にセカイが動いてるってコトかぁ……ちなみに聞くケド、サツヤが悪者集団をやっつけるオハナシを考えたのはいつ?」
この世界が猟矢の創作を元に生まれた世界だと仮定するならば。創作として生み出した時期と、この世界の出来事は一致するはずだ。パンデモニウムの誕生にもモデルとなった猟矢の創作があるはず。それを生んだのはいつだ。
「えーっと……」
猟矢は記憶を引っ張り出す。忘却の彼方に置いて今まで存在すら忘れていたものだが自分が作ったもの。だいたいは覚えている。そんなものを作ったのは確か、強いヒーローだとかに憧れていた時だ。だいたい中学生か小学生か。今は18歳の高校生だから。つまり。
「……5年くらい、前だな……」
符号が一致した。猟矢が悪徳の集団を撃滅する英雄の創作を生み出したのは5年ほど前。その登場は、世界で最も栄える王国を突如として滅ぼしたことから始まる。パンデモニウムの出現も5年前。その登場は、世界で最も尊敬される島を突如として滅ぼしたことから始まる。
猟矢の創作になぞり、パンデモニウムが生み出された。そう断定していいだろう。そして猟矢が忘却の彼方に放り捨てている間にここまで増長したのが今だ。
やっぱり自分のせいだなのだ、この世界は。ということは、つまり。ラピス諸島の巫女であるヴェインを生きた人形に変えたのも、遠からず猟矢のせいとなる。
絶対に許さないと言っていた。ヴェインを生きた人形に変えた人間など八つ裂きにしてやるとアッシュヴィトは言っていた。それだけではない。故郷を滅ぼしたことも許しはしないと怨嗟の血反吐を吐きながら生きている。それらはすべてパンデモニウムがやったこと。だが、そのモデルとなる集団を創作した猟矢にも責任の一端がないとは言い切れない。創作をモデルとして生み出されたのなら、猟矢のせいでパンデモニウムが生まれたと言っても過言ではない。
そう結論づけたっておかしくはない。そう考えるのが自然だ。そう思い至ってしまった猟矢はアッシュヴィトの顔を見られない。どうしよう。猟矢のせいだと恨んで剣を向けられたりなどしたら。
怯えるような猟矢に、聞くケド、とアッシュヴィトが声をかけた。びくりと震えながら、なに、と聞き返す。
「オハナシ、完結シタ?」
「え? ……いや、してないけど…」
「うん、じゃぁイイヨ」
あっさりと。驚くほどあっさりと。猟矢の予想に反してアッシュヴィトはけろりとしていた。猟矢の話を信じなかったわけではない。これだけ符号が一致するのだから真実ではあるのだろう。だがその責任を猟矢に求めることはしなかった。
あくまで悪いのはパンデモニウム。猟矢の創作ではない。確かにモデルではあるが、だからといって原作者にその責任を求めない。悪いのはパンデモニウムなのだ。
だからアッシュヴィトは猟矢を責めない。猟矢がこの世界に召喚された時、猟矢がアッシュヴィトを責めなかったように。謝罪の必要さえない。だからアッシュヴィトは至極どうでもいい質問を返した。どうでもいい質問と同じように、この事実など取るに足らないことなのだと言うために。
「完結してナイってコトは、まだ未来は未定ってコト。ソレが聞ければジューブン」
結末があるならそれをモデルにして歴史が作られるはずだ。もし仮に猟矢が世界滅亡のシナリオを書いていたら、それに沿ってこの世界も滅亡する。書いていないのなら、この世界に生きる人間の努力次第でどうにでも転がる。未来を書くのは自分たちだ。
むしろここで滅亡するシナリオを書いていたと聞いていたら絶望したかもしれない。そう冗談めかしてアッシュヴィトは微笑んだ。
「というコトで、気にしなくてイイヨ。…ハイ、コノハナシはオシマイ!」
この世界の責任の所在などという暗い話などやめにしよう。生み落としたのは猟矢かもしれないが、それをここまで育てたのはこの世界の責任だ。猟矢の及ぶところではない。だからいいのだ、とアッシュヴィトはこの話を打ち切った。