幕間小話 すべてをみたひと
砂の街クレイラ島。そこには"どんな願いも叶える"という魔女がいる。
魔淫の女王。蛇の魔女。永訣の魔女。様々な名前で呼ばれるそれは、ひとを捕らえ沈める流砂のように来客を待ち受けているのだ。
その噂を聞き、現実主義者であるネツァーラグは鼻で笑った。馬鹿馬鹿しい。
「と、言われているそうだけど」
「えぇ。そう呼ばれているようね」
馬鹿馬鹿しい。見下して笑うネツァーラグに動ずることもなく超然とした態度で魔女はそう答えた。
この魔女はどんな願いも叶えるという。代償にはそれなりのものを求められ、なおかつ悲惨な運命と困難が待っているという。どんなことがあっても必ず叶えたいという血反吐を吐くような思いを持つ者の前だけに、この魔女は手を差し伸べるとされる。
「本当に? 証拠してみせてよ」
こういうことを証明するのはなかなか難しい。悪魔の証明というやつだ。"できる"ということを証明するのは目の前でやってみせればいいだけなので簡単だが、その逆"できない"というのを示すのは非常にとても厄介なのだ。世界のすべてをしらみつぶしに調べて"できない"を探さなければならない。そして世界のすべてをしらみつぶしに調べるということなどできはしない。たったひとつでも漏れがあれば"不可能の証明"は成り立たない。言葉遊びの理屈だがそうなるのだ。
さて魔女はどうするだろう。証明してみせろ。世界のすべてをしらみつぶしに可能にして不可能などないと証明してみせろ。
「そうだね、たとえば……僕に世界の真相を見せてご覧よ」
それが即興で作り上げたごまかしではなく、正真正銘の真実だと納得させるまでを含めて。
ネツァーラグは見たいのだ。世界のすべてを。この理路整然とした世界はまるで箱庭のようで気持ち悪い。世界は神によって整えられた箱庭で、自分は箱庭に配置された駒のひとつなのだと示唆されているようで。
そんなわけはない。自分は生きている。駒などではない。自分の人生が仕組まれた台本の上をなぞっているだけだなんて信じたくはない。
この疑念に答えを示してみろ。言葉遊びの解釈ではなく、きちんと納得できる形で。それができれば魔女を認めよう。
さぁ、と詰め寄るネツァーラグの姿を、魔女は表情を動かさずに見つめていた。この要求をどう叶えるか多少思案しているようだった。
「どうする? 言葉遊びの議論かい? 結構、論破してみせよう」
「……いいえ、言葉は必要ないわ」
そんなものでは納得しないだろう。そう言った魔女は応接用のソファからゆっくりと立ち上がった。そのまま店の奥に消え、しばしの間の後、薬箱を携えて戻ってきた。
漆を塗り込めたように黒い重箱には持ち運びがしやすいよう取っ手が付けられており、そこに鐘が結わえつけられている。その箱を机の上に置き、封として結ばれていた朱と紺の紐を解き、蓋を開ける。
彼女の指が滑り、薬箱からひとつの瓶を取り出す。瓶の中にはひとつの鍵が封じ込められていた。
「私には、あなたの願いを直接叶えることはできないわ」
「はん、存外"魔女"も役立たずだね」
願いを叶えるなどというのは嘘か。嘲笑するネツァーラグを無視して魔女は続ける。
「でも、願いを叶える手伝いをすることはできる」
これは我が戴く神の座に至る鍵だ。そこで神と対面し、疑問をぶつけるといい。
その神とは氷神だ。すべてを氷に閉じ込め独占する神は物質だけにとどまらず概念すらしまい込むとされる。そのため真相や真実を司る。その神ならばネツァーラグが知りたい世界のすべてとやらを提示してくれるだろう。
「対価は…そうね、それを知って貴方が何をするか…貴方の行動、そしてそれによって起こる物事、事件…ひいては歴史を眺めさせてもらうわ」
ネツァーラグが何を知り何を思い何を行うか。それらを眺めるとしよう。
「砂を掻く努力を見せて」
世界という名の漠々たる砂漠に対してネツァーラグは何をするだろうか。絶望の流砂に飲まれて死ぬか、途方もなさに渇いて死ぬか。それとも砂丘を踏み越えるか。何をするだろうか。
それが対価だ。そう言って魔女はネツァーラグに鍵を渡した。からん、とベルが鳴った。
自分は現実主義者だ。目の前に見えるものがすべて。目に見えるものだけが真実だ。
神などいない。だからこの鍵で行き着く先も、そういった怪しげな宗教の教祖か何かに決まっている。そう高をくくったネツァーラグは信じられないものを見た。
「は……はは……」
端的に言うと、彼はそこですべてを見た。世界は貧相な箱庭だったし自分は脆弱な駒だったし、歴史は舞台で繰り広げられる劇だったし自分の人生は駄作の台本だった。
「ははは……あは、あははは、あははははは!!!」
だが僥倖だ。絶望と引き換えにすべてを知ったのだから。つまらない箱庭におさめられた脆弱な駒はくだらない劇を飛び出して駄作を眺める観客に成り代わった。
すべてを知った。すべてを見た。すべてを理解した。この世界も歴史も何もかもを知った。もはやネツァーラグは役者ではなく観客だ。筋書きの終末を知り舞台の裏幕を知った上で客席に座る観客だ。
「素晴らしい! なんとくだらない!!」
笑う。笑う。ネツァーラグはひたすら笑った。笑うしか正気を保つ手段がなかった。喜劇にしてしまわなければ正気でいられなかった。それほど世界は大したことがなく、そして些末なものだった。部屋の隅に積もった埃のほうがまだ価値があると思うほど。
成程これが対価か。想像よりも真実は他愛なかったという絶望と悲嘆。それが代償だったのだ。すべてを知ったことで、もはやどんなことも驚嘆に値しない。どんな事実もすべて知っている。ネツァーラグにはもう、発見や解明という言葉は無縁なのだ。何もかもが既知であり、未知はもうない。読み飽きた本をまた読まされているようなものだ。
「取るに足らない世界よ、僕が華を添えてあげよう」
神に抗おう。世界に抗おう。舞台を壊し脚本を書き換えよう。つまらないものを見せてくれた礼だ。観客はブーイングと共に暴徒になるだろう。
万魔を配して世界を呪おう。箱庭を壊すために。暴徒は舞台に牙を剥く。
「さぁ、喜劇を始めようじゃないか!」
すべてをみたひとには、世界を嗤うしかないのだから。




