古老たる虎狼
「まだまだ未熟よのう、若造」
アルフの偉大なる師匠ならば見ただけでスルタン族だと判別できるものを。ヒトの子供と区別のつかないスルタン族だが、見分ける方法がひとつある。というよりこれはどの年齢詐称にもいえることなのだが。
どんなに顔が若く見えようとも、手を見れば実際の年齢など簡単にわかる。本当に子供ならその手はみずみずしく若々しい肌をしているし、大人が子供のふりをしているならその肌は加齢に蝕まれ年齢相応に皺や傷ができるものなのだ。
そのコツを掴めばスルタン族のように大人か子供か判別できない容姿をしていても簡単に年齢の予測がつく。女性の年齢の鯖読みにも使える技術だ。
手というものは正直で、手を見ればその者の生き様がわかる。肌の張りで年齢がわかる。爪で労働者か貴族かわかる。毎日あくせく働く労働者の爪は荒れて擦り切れているし、働く必要のない貴族階級の爪は整っている。
「ひゃっひゃっひゃ、良い良い。満足じゃ。……さて、話を戻そうかのう」
度肝を抜いて驚かせたところで話を本筋に戻そう。どうも話していると話題が逸れていく。あまり時間はないというのに。その焦りが現実逃避の作用を起こして無駄な話をしてしまうのだろうが。
脱走者を囮にしてという話、具体的に算段を組もうではないか。何処に噂を流すかだ。おそらくそのまま戦闘になるだろうから、そうなっても被害の出ない郊外がいい。
「だとすると……アルフェンドの国境付近か? あそこなら避難命令がかかっているから住民はいないはずだ」
「そうじゃのう、アラガウの街はどうじゃ?」
あの街はもっとも国境に近い。実際に国境をなしているのはアスドリア山脈なのだが、アラガウの街はその山脈の山裾にある。山を拓き、階段状の城塞都市にした。国境付近ということもあって、そのつくりは頑丈だ。住民は国境警備隊とその家族ばかりだが、今は退避を優先してもぬけの殻のはずである。
「いやいや、そんなとこジョーダンじゃねぇよ」
拡散した濃密な魔力の影響はまだ残っている。武具が暴発するおそれがあるから国境警備隊だって退避したのだ。それなのにそこを戦場に選ぶのは非常にまずい。こちらには規格外が2人いるのだ。その武具が荒れ狂ったらどうなるか考えたくもない。
この国の状態など知らないので代案は出せないが、ともかくもそれはまずい。別の候補地はないだろうか。
「ということで観測士見習い。なにか案は」
「えっ」
"観測士"に憧れてその技術を学ぼうとしていると聞いた。その目と耳と頭をはたらかせてみろ。偉大なる師匠の一番弟子としてその腕を見定めてやる。アルフはエメットに話を向けた。
「えーと…」
生死を司るという霊峰、ヒリディヴィ。この山には複雑に入り組んだ洞窟がある。あまりにも規模が大きな洞窟のため、山に穴が開いているというよりは岩盤のドームが覆っていると形容したほうがよいくらいだ。
その洞窟には誰が持ち込み灯したのか、無数の蝋燭がある。天を貫くほど高い山ひとつくり抜いたような複雑な洞窟の中に、びっしりと。最低限の足の踏み場を残して。何万という数ではない。何億何兆、それ以上の数の蝋燭がひしめいている。
その蝋燭のひとつひとつには名が刻まれ、その名の者の寿命を表している。つまり世界中の人間の数だけの蝋燭があり、それら全員の寿命を示しているのだ。
そのことを生命の蝋燭という。そんな伝説を思い返しながら、ネツァーラグはふっと微笑んだ。
「蝋燭なんて馬鹿馬鹿しい。水をかければ消えるじゃないか」
寿命以外では決して消えることがないというが、到底信じられない。そもそも蝋燭のひとつひとつが全世界の人間に対応しているということも信じられるものではない。この無数の蝋燭を誰が持ち込み灯したのかは知らないが、その者は全世界の人間すべての名を把握していることになる。
仮に。もし本当に仮に。全世界の人間を網羅していたとしても。寿命を迎えるまで絶対に蝋燭の火が消えないなどというのはありえない。普通は風や湿気、その他の要因で消えてしまうはずだ。
だからネツァーラグはこの洞窟の伝説について、非常に馬鹿馬鹿しいと思っている。たとえ自らの名が刻まれた蝋燭が目の前にあったとしても。その蝋が短かったとしても。ありえない。ありえない。ネツァーラグは否定する。この蝋燭を。伝説を。"そう設定された"世界を。
「これも神に仕組まれた世界ゆえ…かな」
自嘲気味に呟く。どんな願いも叶えるという魔女がはるか南東の砂漠の島にいるという。その噂を聞いてクレイラ島に降り立ったことがある。どんな願いも叶えるだなんて都合がいい。ありえない。そう否定するために魔女に会いに行ったことがあった。
噂通りすべてを叶えるというのなら、どんな無理難題でも叶えてみせるがいい。たとえばそう、この理路整然とした世界の真実だとか。ネツァーラグはそう"願い"を突きつけた。
結果から言うと、魔女は"願い"を叶えた。しかも対価など要求せず。あなたの行く道がもたらす歴史を眺めることが代償だと意味の分からないことを魔女は言った。
だからネツァーラグは"世界"のすべてを知っている。これが神というものが仕組んだ舞台の上なのだと知っている。比喩でも何でもなく、自分たちは神によって紙に書きつけられた物語の一部なのだ。
「はん…こんな舞台、終わらせてやる」
からん、と鐘の音がどこかで聞こえた。




