石の街の配達屋
転移魔法はいつも慣れない。どうしても目を閉じてしまうのだ。足元が消失する感覚も、好きではない。
閉じてしまった目を開ける。そこには石造りの町が広がっていた。石造りといっても、のっぺりとした石膏のような石だ。四角く切り出した石を積み、泥状のモルタルで間を埋めつつ組んだ家が整然と並んでいる。
放射状に伸びた道路の中心にはベルズクリエ王宮がある。猟矢たちがいるのは首都スペンシーベルトのはずれにある公園だった。公園の中央に噴水があるが水は吹き出していない。誤作動の可能性があるため調整中と書かれた札が下がっていた。
転移魔法にて突如登場した猟矢たちに誰も視線を向けようとはしなかった。数人がこちらを見た程度で別段騒ぎ立てる様子もない。だが意識だけはしっかりとこちらに向けられているのを感じる。視線を向け、誰だと声をあげる最初の一人になりたくないのだ。まるでそれは注目を浴びること、目立つことが罪深いかのよう。
「パンデモニウムと間違えられてるカナ?」
「たぶんな」
じっとこちらの様子を窺う視線に妙な緊張を感じる。猟矢たちはどう見てもベルズクリエ国の人間ではない。だから他の土地からやってきた人間だと即座にわかる。こんな状況で他の土地からやってくる誰かなどだいたい予想がつく。
つまり彼らは破壊と略奪の悪徳が降り立ったのではないかと危惧しているようだ。パンデモニウムかもしれないからこそ、下手に騒ぎ立てて不興を買いたくないと身を縮こまらせているのだ。
それほどこの国は緊張状態にあるのか。張り詰めた空気を感じながら猟矢たちは公園を出た。
「郵便局だっけ?」
「あぁ」
ベルズクリエ国で活動している支部は普段、郵便局を営んでいる。"ラド"を使い、国内だけでなく国外にも配達を請け負う。そのついでにこっそり情報や物資を配達しているというわけだ。
「いやぁ参ったよなぁ、配達の手違いなんて」
我々はパンデモニウムなどではなく害のない一般人なのだと主張するために、体裁を口にする。手違いでベルズクリエ国に配達されてしまった荷物を受け取りに来た一般人なのだというのが、不用意に警戒されないようあらかじめ用意していた体裁であった。
緊張した雰囲気でこちらを窺う視線の主たちに聞こえるよう、わざとらしく大きな声で言葉を交わす。それが通じてきたのか、往来の視線の緊張感が緩んでいく。そしてそれに比例するように奇異の目が混ざり始めていく。
「視線がイタイネェ…」
視線を受けてアッシュヴィトがぼやく。珍しがられるのは慣れているのでそれほど堪えた風はないが、それでも気になる。
身内だけで内にこもる気質のベルミア大陸には人間以外の亜人が少ない。少ないが故に珍しい。そして少数派は迫害されるのが常だ。つまり、ベルミア大陸において亜人は差別の対象になる。
ダルシーやバルセナを置いてきてよかった。アレイヴ族やベルベニ族なんかがこんなところを歩いたら何と言われるか。
肩身が狭い思いをしながら、カガリに教えられた建物を訪ねる。やる気のなさそうな局員がカウンターに肘をついたまま視線だけこちらに寄越した。まだほんの年若い少年だ。
「手違いでここに届いた荷物を受け取りに来たんだけど」
体裁、かつ符丁である言葉を述べる。局員の少年の表情が少し変わった。転送届に見せかけた仲介書を見せると、それを持って少年はカウンターの奥に消えた。
ややあって、奥からひょいと女性が顔を覗かせた。肩ほどまである栗色の髪をつむじでひとまとめにした、さっぱりとした印象の女性だ。
「はいはい、荷物なら預かってるわ」
奥にあるから確認のために見に来て、と彼女は猟矢たちをカウンターの奥に誘導する。招かれるままに奥へと進むとひとつの扉があった。促されるままに入ると、少々狭い部屋の中に数人がひしめいていた。
2人の青年が床に座り、それを取り囲むように屈強な男性とフードをかぶった青年、そして人形を抱えた幼女が座っていた。
「おう、そいつらがキロ島からの客か?」
筋肉隆々とした男性が真っ先にこちらに声をかけた。アルフを見、アッシュヴィトを眺めた視線が猟矢を捉え、ほほぅ、と呟いた。
「オレはジョラス。あっちのフードがセレット。そこのガキはオレの娘だ。ネキアという」
といっても血の繋がりはないが。幼女を指したジョラスは呟いた。複雑そうな事情を察して猟矢たちはそれ以上を聞くことをやめた。
「それでそこのお方がエメトラルダ…"今"はエメットだっけか」
明らかに言葉の雰囲気が変わった。不器用ながら敬うようなその口調から察するに、猟矢たちを連れてきた彼女こそがベルズクリエ国の次期領主となる娘なのだろう。
王家の一員としての振る舞いなど一切見せない快活な彼女は、追い出されたけどね、と付け足した。
「エメットでいいわ。王家に返り咲くまで、あたしは"エメトラルダ"の名前を封印するつもりだから」
王家であることも忘れてくれて構わない。今ここにいるのはただのひとりの女だ。気安くしてくれていい。そのつもりで扱ってくれと言うエメットに頷く。
「まぁこっちにも皇女っぽくない皇女とかいるしな」
「ちょっとアルフ! ソレ、ダレのコト!」




