ご武運を
誰かの名を借りて物事を融通させようとするなら、スティーブよりももっと適任の人物がいる。
「そうだろう?」
ユミオウギ、と。寡黙な"観測士"を見た。
というのも、追い出された後継は"観測士"という役割に憧れてその道を目指そうとした。領主の息子でなければスティーブ同様、好きな進路を選び取りつつ各地に散らされていただろう。そんな彼女はユミオウギに憧れてその技術を学んだ。史上最高の"観測士"であるユミオウギの名前は世界中に轟いているのだ。
誰かの名前を出して物事をどうこうさせようというのなら、そっちの線のほうがいいだろう。ユミオウギの名代だと言えば彼女は懐柔できそうだし、彼女が懐柔できたらずっとやりやすいはず。
「師匠はジョーダンじゃねぇくらいすごいからな」
一度見たものは決して忘れない。瞬間記憶能力というやつだ。いつどんな時でも見聞きした記憶は鮮やかに脳裏に蘇る。時間が経って記憶がぼやけることはない。
さらにすごいのは、その記憶を武具でもって他人に伝達できることだ。互いに同意の上でやるとはいえ精神に干渉するものであるので滅多に使わないが、瞬間記憶能力と武具を組み合わせれば自分の思考を即座に他人に伝えることができる。
だからこそ史上最高の"観測士"と呼ばれているのだ。ふふん、とまるで自分のことのようにアルフは師匠を自慢した。
「ダルシー、ダイジョウブ?」
ずっと横になっていたが体調はどうだろうか。アレイヴ族は魔力に敏感だ。あの余波を浴びただけでもつらいはずだ。
心配するアッシュヴィトの視線を受けてダルシーはゆるゆると視線をそちらに向けた。
「……派手に動き回らなければ、多分」
まだ目眩がするが、起き上がるぶんには問題ない。ありがとう、と言って上半身だけを起こした。その顔色はまだよろしくない。無理はしないで、とバルセナが隣に座った。椅子には背もたれがないので、自分の肩を貸してやろうということだ。ありがとう、と呟いてダルシーはその好意に甘えることにした。
遠く離れたキロ島にいてもこうなのだから、着弾点であるアルフェンド領及びその周辺には向かわせられないだろう。魔力に敏感なのはビルスキールニル人であるアッシュヴィトもそうだが、あれは神を従えるという性質上、精神力が違う。
「ダルシーが残るなら私だって残るわよ」
「あ、俺も」
仲間だ。置いていけない。体調が悪い、そうですかお大事に、などと置いて行くわけにはいかない。
ベルミア大陸に行くのはアッシュヴィトと猟矢とアルフだけでいいだろう。戦力としては十分のはず。決して自分を卑下するわけではないが、規格外が2人もいるのだからそちらは任せて安心だろう。
「ならそこの3人はついてこい」
つい、とユミオウギが顎をしゃくる。"破壊神"の騒動でいったん動きは止まったものの、パンデモニウムがキロ島を狙っているのは変わりない。向こうだって予想外の誤爆をした混乱があるから攻撃が止んだだけで、その混乱がおさまれば攻撃が再開されるはずだ。
島にいる戦力で十分だろうが助けはあるにこしたことはない。防衛を手伝ってもらおうではないか。
すでに"アトルシャン"ではなく表向きのキロ島として"コーラカル"にも救援を要請している。そちらが到着すれば守りは万全になるだろう。
「でもよぉ、"破壊神"とやらの第2撃は警戒しなくていいのかよ」
パンデモニウムが体制を整えてから再度の襲撃をかける、とはいうが、"破壊神"の追撃は体制を整えるという言葉のうちに入らないのだろうか。つまり次弾を装填して引き金に指をかけてからやって来るのではないかと。
「いやぁ、来ないだろ」
ハーブロークの危惧にアルフは首を振る。おそらくそれはないだろう。あれほどの一撃だ。一国を不毛の地に変えるほどの強烈な一撃をそう何度も打てるはずがない。次の装填がいつになるかは予測がつかないが、四半刻も経っていない今、すぐに打てるものでもないだろう。
「そうそう連発されてたまるか」
弟子の見立てにユミオウギも同意する。アルフの見立ては希望的観測が多々混じっている。
今すぐにでも次の攻撃が来るつもりでいなければ優秀な"観測士"とはいえない。大惨事が起きてからでは遅いのだ。起きてから予想していなかったなどと言い訳をするのは"観測士"としてあるまじき行為だ。
あれの対策を立てねばならない。しかしどうするか。神を殺すとまで言い切る一撃をどうしのげというのだろう。目の前にあるパンデモニウムの襲撃よりもそちらの方が頭が痛い。
「じゃぁ、えぇと…バルセナたちはキロ島で、俺たちはベルミア大陸…で、いいんだよな」
話すことはもうないだろうか。猟矢の確認に一同が頷く。
これで話はまとまったようだ。送ってあげるよ、とスティーブが言った。彼の持つ"ラド"ならベルズクリエ国の首都まで飛べる。
「んじゃ、元気でネ。ダルシー、ムリしないでね」
「…そっちもね」
アッシュヴィトは思い立ったら即座に行動するきらいがあるから。その猪突猛進さを揶揄してダルシーが肩を竦めた。
「サツヤ、ちゃんとヴィトのこと見ておきなさいよ。アルフじゃたぶん止められないから」
「えぇ…!?」
規格外の暴走には規格外で。アルフでは制止役はつとまらない。パンデモニウムと見るや聞くや即座に行動するアッシュヴィトを止められるのはおそらく猟矢だけだ。
「はいはい。みんな気をつけてね。…"ラド"。彼らをベルズクリエが首都、スペンシーベルトへ」




