作られたセカイ
思い出した。と同時に猟矢の背に冷たいものが降りる。
ノーブル・コンダクト。そしてそれを構成する4つの王家。ベルズクリエ国、シヴァルス国、ヴィリア国、アルフェンド国。それは以前、猟矢が書き、そして完成させずに終わった小説の設定だったではないか。それを思い出せば他にも心当たりはある。
ドラヴァキアという巨大な岩竜の背に住まう竜族は、猟矢が以前に作った巨大な竜の背に集落を作る人々という設定の物語ではないか。ミーニンガルドのナルド・リヴァイアにまつわる話だって同じように、海流を竜に見立てて信仰する人々として猟矢が創作したものではないか。あれもこれも、今まで完成させずに途中放棄した小説の設定にあったものではなかったか。
では、この世界は。まさか。今まで猟矢が作り出しておいて途中放棄したものの寄せ集めの世界なのでは。だとすると、世界がこのように恐怖に竦んでしまったのも猟矢が物語を完結させずに放置してしまったからなのではないか。
悪徳をなす集団を作り上げておいて、その壊滅の物語を書いておかなかったから増長してしまったのではないか。パンデモニウムのせいで殺されてしまった人や壊されてしまったものがある。それは猟矢が物語を完結させずに途中放棄したからなのではないか。この世界の状況の原因は猟矢にあるのではないか。
まさか。否。考えすぎた。偶然の一致だ。そう思いたい。だが直感が告げている。それで正解だと。目をそらすなと囁く声がする。
「おいサツヤ、どうしたよ?」
「え、あ、えーっと……」
言えるわけがない、こんな話。言ったって信じてはくれないだろう。何を言っているんだと一蹴されるが落ち。
言葉を濁して猟矢は食べかけのパンを口に押し込んだ。思い至ってしまったことから目をそらすかのように。
「ってことがあったんだ」
なにかまずいものを思い出したかのような顔をして冷や汗を浮かべていたのだと、アルフは昼間にあったことをアッシュヴィトに話した。あれから猟矢は何を話しても上の空で、何かを隠して思い悩んでいる。何を隠しているのか無理に聞き出すつもりはないが、もし問題を抱えているのなら打ち明けてほしいと思う。
「ふぅん…」
いったいどうしたのやら。思いつくことといえば、アルフの話に出てきた何らかのものが非常に聞き覚えのあるものだったとかか。そういうことは以前にあった。なぜだかどういうわけか、ラピス諸島の巫女ヴェイン・サイトと猟矢の世界にいるという幼馴染がよく似ているという話だ。容姿も声も喋り方も瓜二つなのだそうだ。猟矢はそのことに非常に動揺していた。
それと同じ動揺のしかただ。だからきっと今回もそれに似たことなのだろう。
「巫女といえば、今そっちは?」
「変化ナシ。悲しいコトにネ」
パンデモニウムによって知識と意識を抜き取られてしまったヴェインは人形同然のものになってしまった。パンデモニウムから"返却"された彼女は、そのまま丁重にラピス諸島に運ばれ、離宮で静養している。
それから何も変化はない。まさに生きた人形だ。言葉を発することもない。鼓動と呼吸と体温があるだけの、よくできた人形。
このままの状況が続けば、ラピス諸島を守護する神が新たな巫女の選定に入るだろう。ラピス諸島とビルスキールニルの盟約であるアブマイリの祭りは欠かしてはならない。使えない当代など捨て置いて新たに次代を用意しなければ盟約が途絶える。
次代が選ばれたところでヴェインがどうこうなるわけではない。だが、当代が生きているにも関わらず次代が選定されるということは前例がない。前例がないことが何が起こるかわからない。未知の恐怖を前におののいた民がヴェインを安楽死させようと考えるのも時間の問題だ。そんな根拠のない恐怖でヴェインが殺されるのはあってはならない。むしろ当代を手にかける行為が神の怒りに触れるのではと反発する精力が阻止するはずだ。アッシュヴィトとて安楽死などさせるわけにはいかない。
そうやって揉めるのも、先行きが不透明なせいだ。ラピス諸島もどこもかしこも、これからどうなるかわからないという恐怖に怯えている。踏み出した足がどこを踏むのかわからない。足場を踏み外すのではないかと危惧して踏み出せないでいる。
こういう時こそ"コーラカル"が先を歩いてみせなければならないのだが、寄り合ったばかりの集団は歩みを揃えるために足場を固めるので精一杯で、とても先を歩く余裕はない。
「ともあれできるコトカラ始めようカナ。…サツヤはドコに?」
目の前の仲間の悩みも解決できなければ世界の悩みも解決できはしないだろう。よいしょ、と大仰にアッシュヴィトは立ち上がった。