惨禍の混乱
時間が経つにつれ、事態が明確になっていく。
謎の衝撃はベルミア大陸のアルフェンド国で起きたことだという報せが隣国ベルズクリエに潜ませた"アトルシャン"の支部からもたらされた。
「アスドリア山から向こうは言葉じゃ表現できない地獄だってよ」
天を貫くほどの標高を持つ前人未到の大山脈が壁になり、ベルズクリエ国はその悪夢を免れることができた。しかし影響がまったくないというわけではなく、ベルズクリエ国内でも混乱が起きている。
「なんでも火打ち石がとんでもない出力になったとかで」
とある民家の主婦が煮炊きをしようと武具で着火しようとした。薪に火をつける程度の小さな炎を呼び起こすはずだったのに、その想定を大幅に上回って立ち上る火が家を燃やしてしまったという。そんな被害があちこちで報告されているというのだという。その規模はアルフェンド国に近付くほど大規模になっていく。
浄水をするための武具が異常をきたしているという報告もある。それは今まで溜めてきた毒を解放するがごとくで、井戸水を飲んだ住民が次々と体調不良を訴えているのだそうだ。国境に近い集落では死亡者も出ている。
巨大な山脈に阻まれてもこれだ。山の向こうはいったいどういう地獄が繰り広げられているか、想像してもしきれない。
ベルズクリエの王家が抱える兵士の一隊がアスドリア山脈の間を流れるギニザス川を遡り、様子を見に行ったようだが連絡がない。アルフェンド国に入ってから報告が途絶えたという。
「ナルド・レヴィアは?」
「無傷らしい。神殿自体も加護によって無事だそうだ」
ナルド海を守護する番の海竜ナルド・レヴィアは海中にいたために惨禍を免れたようだ。今は雄竜のもとに身を寄せることにしたそうで、その身柄を雄竜ナルド・リヴァイアの巫女であるミーニンガルドの領主ナクアブル・ヤチェが受け入れることになっている。
本来ならばナルド・レヴィアの巫女も預かるべきなのだが、ナルド・レヴィアと心を通わせる役目の巫女はアルフェンド国がヴィリア国に攻め滅ぼされた時に殺されてしまったため長らくの不在だ。
心優しいナルド・レヴィアはおびただしい人の死を感じ取り嘆いているのだそうだ。雄竜がいくら宥めても慰めてもその心は晴れることはない。その心痛は番に同調したナルド・リヴァイアが悲しみの感情に咆哮するほど。そしてナルド・リヴァイアの影響を受けたナクアブルが体調を崩してしまうほどだ。
「ヴィリアにも支部があるんジャナイノ、ソコからは?」
各国にひとつはあると聞いている。アルフェンド国の南にあるベルズクリエ国の支部が山に阻まれてアルフェンド国の様子がわからないというのなら、別の国の支部を頼ればいいではないか。ヴィリア国とはギニザス川を挟んで隣接している。前人未到の山と違って川ならば向こう側の様子だって簡単にわかるはずだ。
指摘するアッシュヴィトにカガリは緩く首を振る。確かに支部は存在しているし、そこと連絡を取ろうとしている。だが返答がない。
資源に乏しいヴィリア国は住民の流出を防ぐため監視が厳しい。パンデモニウムに服従してからはさらに過剰になり、少しでも国やパンデモニウムに不満を零したり反意を見せれば粛清される。その中で活動するには慎重さを要する。情報を集めようとむやみやたらに聞き回れば兵が捕まえに来る。だから情報収集さえままならない。さらにそこから"アトルシャン"に連絡を取るのは非常に困難だ。
「ヴィリア国からの連絡は諦める方がよいでしょう」
ベルズクリエ国か、あるいはシヴァルス国か。そこからの情報を待った方が早い。
そう断るカガリとアッシュヴィトのやり取りをスティーブが眺めていた。その横にユミオウギが座った。
「険しい顔」
「チェ…ユミオウギ」
習慣でないので毎度真名を言ってしまいそうになる。慌てて言い直すのもいつものことだ。
スティーブが険しい顔をしている、と短い言葉で指摘したユミオウギは、これからの議論よりも現在の状況把握を優先して行動を切り替えた会議室の様子を眺め他人事のように手元のグラスを傾けた。微炭酸の水が喉を流れ落ちていく。
これほどスティーブが厳しい顔をしているのは理由がある。彼はベルズクリエ国の王家の末裔なのだ。末裔といっても傍系の傍系で王位継承権などありはしない末端の家系になる。スティーブ・ベルズクリエではなくスティーブ・ベルズストーンともじった姓であることがそれを示している。
直系の人間など会ったことはないし馴染みもない。縁もゆかりもないと言っていい。面識もなければ関係もない。だがそれでも自分につながる王家のことは気になるのだ。
「直系が全滅したら消去法で継承権が回ってくるからね」
傍系の傍系でもやはりベルズクリエの王家に連なる血。自分より継承権のある人間が全滅した際には最終的にその地位が転がり込んでくることになる。
それは非常に面倒くさい。今まで関わりのない王家の地位に収まるなど窮屈極まりないではないか。何よりも。
「王家なんて地位を持ったら神秘学の研究ができないじゃないか」
だからベルズクリエにはなんとしてでも直系を存続してもらわねばならない。そのためにはこの問題をきっちり解決しなければ。自身の研究生活のためにも守らなければならないのだ。
「さて、どうするか対処を考え始めるとしようじゃないか」




