モノガタリが終わった日
消滅の運命を迎えるそこは、その直前まで美しい街並みを保っていた。
ノーブル・コンダクトと呼ばれる4国の寄り合い議会で運営される大陸のひとつ。アルフェンド国。閉鎖的なベルミア大陸の気風に沿いながらものどかで穏やかな風土を持つ農業国だ。農業に加え水産業と林業、畜産が発達したこの国はベルミア大陸の食料自給を担う。
穏やかに凪いだ海の象徴であるナルド・レヴィアの神殿もこの国の土地にある。地平線のはるか向こうにあるため実際に目にすることはできないが、対のナルド・リヴァイアの神殿と対面するように建てられている。水中を思わせる薄い青の神殿は神々しく、国内だけでなく国外からも人々が訪れていた。
その自若たる光景を押し破ったのは隣国のヴィリア国であった。食料からあらゆる資源に乏しいかの国は、パンデモニウムへの貢物に毎度四苦八苦していた。なにせ自国民を養うので精一杯で、それ以上を捻出する余裕などありはしなかった。それ故に、それらを求めて4国の不干渉の均衡を破って攻め入ったのである。
ひどい略奪がアルフェンド国のあちこちで起きた。奴隷として人は連れて行かれ、食料は奪われ、家は壊され建材として徴収された。そしてアルフェンド国を治める王族は処刑の対象となり、かの血族は潰された。
パンデモニウムによる略奪行為が慈悲深いものと思ってしまうほど、その蹂躙はすさまじかった。少なくとも、パンデモニウム相手には物を差し出せば殺されることはなかった。だというのにこの蹂躙は人を殺した上で物を奪う。
パンデモニウムの旗に下ることで直接パンデモニウムの庇護を得て自国を守ろうとした王女がいたのだが、それももうすでに亡き者となった。アルフェンド国とパンデモニウムをつなげる橋渡しがいなくなったことで庇護を失い、蹂躙はさらに激化した。
その蹂躙さえ、生温いと思ってしまうほどの光景が広がっていた。
それはまさに破壊と呼ぶ行為だった。すべては潰れて破れて壊れて歪んで砕けて刻まれ捌かれ断たれ死に絶えた。悪夢のごとくに。
地獄というものが存在するとして、そこで罪人が裁かれるとしてもこれほどの光景はないだろう。それほどまでの惨禍だった。想像を絶する悪夢が一瞬でこの国を飲み込んだ。パンデモニウムの支配が慈悲深いと思ってしまうほどの蹂躙が生温いと思ってしまうほどの悪夢が塗り潰した。
まず起きたのは魔力の塊の着弾だった。魔力というものは空気中に散在するほどありふれたものだ。魔力が凝縮されれば結晶となって顕れる。空気中の水分が霧となるように、霧が雲となり雨となるように。
だが、この瞬間に炸裂した魔力は濃密というには異常なほどの量であった。例えるならば、数百年の間に世界に降った雨を集めてこの瞬間にすべて叩き落としたかのような。
濃い魔力が結晶化しその空間すべてを満たし、あふれかえるほど。触れぬ見えぬ魔力というものが高密度に圧縮されて結晶化し、国中を覆い尽くした。数万の人口を抱える領土全体余すところなく、まるで水晶洞窟のように水晶柱が乱立した。それは国土を容赦なく貫く槍となって、ほとんどの建物を倒壊させた。
その水晶柱の乱立も時間にすればわずか一瞬。結晶になるほど凝縮されなかった魔力のエネルギーは行き場を失い、衝撃波となって吹きすさぶ。結晶の槍に貫かれずかろうじて倒壊を免れた建築物がその衝撃波で破壊された。
その魔力の暴威もこの後に起きる惨禍の序章にすぎない。物理的な破壊を伴うほどに濃密圧縮されてもなお濃度を薄めることなく国土の全域に拡散した魔力は、本来の機能を発揮し始める。すなわち、魔法の発露である。
引き起こされたのは武具の暴走であった。魔術式を介して魔力と属性元素をつなげ、魔法を発現させるその装置が制御を失った。火打ち石の代わりとして用いる着火武具は牙を剥き、いつもそうしている薪のように村を燃やし住民を灰にした。汲み上げた井戸水を浄水するはずのものは効果が反転し、井戸を毒で満たした。包丁として用いる武具は触れたものを切り刻む。移動を便利にするための転移武具は所持者もろともあたりの空間を異次元に飲み込む。通信武具はひっきりなしに断末魔を伝え続け、フィルムに映像を焼きつけるように強い魔力でもってその場に声を焼きつけた。
ここまででもはや生存者は一握りにも満たなかった。だが、ここまでの一瞬で死ねていたらどれほどよかっただろう。生き残ったのは僥倖ではない。死んでいたらこれ以上の悪夢を見ることなどなかったのに。
武具の暴走を引き起こしてもなお衰えることのない魔力はさらに魔法の力を振るう。この国に一瞬で満ちた魔力をすべて消費しきるまで、この悪夢は終わらないのだ。
その災禍の報告を聞いていた"深淵の魔女"セシルは小さく溜息を吐いた。
失敗した。"破壊神"の圧縮して塊にした魔力を打ち出す時に体勢が崩れたのが原因だ。そのせいで着弾点がずれてベルミア大陸がアルフェンド国に落ちたのだ。それがなければこの悪夢はキロ島に降り注いでいたのに。
「調整が必要だな…」
だがその調整もすぐに終わるだろう。要は体勢が崩れないよう足腰を強化すればいい。最も単純な方法は下半身に筋肉をつけることだ。強靭な下半身は安定をもたらす。反動に負けない肉体を身につけさせなければならない。必要な量だけを文字通り"接着"する。そしてそのためにはいくつもの"素材"が必要だ。集めてこなければ。
「パンデモニウム全軍に指示する――」




