篝火たち
軽傷者は何人かいるが、死者はない。攻防の余波で建物がいくつか破損したが数日で復旧できる。被害はほぼないといっていい。それらの報告を聞いたキロ島領主クロエもといカガリは安堵の息を吐いた。ひとまずは安心である。
だがまだ気を抜く訳にはいかない。パンデモニウムに膝を折って服従せよという要求を突っぱねた制裁にしては規模が小さい。こちらをなめているわけではないだろう。これは序の口、続いて本隊が現れるに違いない。そしてそれが本命だろう。今返り討ちにしたそれは斥候や偵察の類で、島の地形と戦力を分析するためのもののはずだ。
「拷問の様子は」
「火闇の姉御がもうはりきって」
言われた通り、耳鼻を削いでから手足の爪を剥がしてから丁寧に"訊ね"ていったという。ヒヤミという字で呼ばれる彼女は拷問官であり、その技術はキロ島いちだ。普段は完成した武具を磨いて仕上げる仕事をしているが、その技術が非常に役に立ったらしい。大雑把に聞くところによると、爪を剥がした手足を"研磨"したのだそうだ。それ以上の詳細は菜食主義者に転向したくなるような内容だった。
「あれまぁ」
ずいぶんやんちゃなことだ。ヒヤミはそれはもうとても張り切ったのだろう。その様子を想像してカガリはくすくすと笑った。その拷問を受けることになったパンデモニウム雑兵はなんとまぁ可哀想なことだ。だが同情はしない。パンデモニウムの一員として世界に残虐を振るってきたのだからこれくらいの仕打ちは当然だろう。
さて、話を戻そう。問題はその拷問によってどんな情報を得られたかだ。"破壊神"とやらはどんな姿を持ち能力を有しているのか。末端の雑兵でも多少は何かしら知っているだろうと拷問にかけたが、はたして。
「そのことですが…」
「おっと、どうせなら皆の前で話すがよかろう」
ちょうど幹部級の招集をかけた後だ。招集に応えてやってくる数人の人影を"千里眼"で見通したカガリはふっと微笑んだ。
「ヒサシブリ」
「"鐘"の旗印のお二方、ご無沙汰しております」
領主の居城である建物の2階。その歓談室の扉を開けたアッシュヴィトにカガリはゆるりと頭を下げた。猟矢にも同じように礼を取った後、一行に椅子を勧める。
窓のない室内の中心には赤銅色の円卓が据えてあり、そこにはすでに何人かが着席していた。キロ島の政治を取り仕切る役人と、"アトルシャン"の幹部である。
「あ、師匠」
「よぅ馬鹿弟子」
その参列席の中に師匠の姿を見つけ、アルフが小さく声を上げた。漏れた小さな呟きを耳ざとく拾い上げた"観測士"ユミオウギは弟子に片手を挙げた。
自慢話でよく聞いていたが、あれがアルフの師匠か。猟矢は寡黙な"観測士"を見た。耳を覆う垂れがついた飛行帽をゴーグルで留めている姿はアルフと同じだ。ポケットがたくさんついた上着と、腰から吊り下げるタイプのベルトポーチも。これは"観測士"と呼ばれる役職の人間の標準的な格好なのではなく、おそらくアルフが師匠の真似をしているだけだ。
「ボクタチがイチバン最後カナ?」
「いえ、あと一人……」
来るはずですが。そう言いさしたカガリの言葉を遮るように、優雅とは言い難い足音が響いてきた。
「僕の研究資料、紛失していないだろうね!」
「これ鋼氷。やかましい。資料は紛失しておらぬから安心しなさい」
ばたんと荒々しく扉を開けて乱入してきたのはスティーブだった。カガリにぴしゃりと嗜められ、スティーブは小さく肩を竦めた。ともかくも資料が無事であることに安堵したようだった。
「コウヒョウ、久しぶり」
「やぁチェ…じゃなかった、ユミオウギ」
真名を言いかけ、字という文化のことを思い出し慌てて言い直す。彼とは"アトルシャン"に所属する少し前からの知己であった。会うのは半年以上前になるか。軽く挨拶を交わしながらスティーブは席に座った。
「サツヤたちも久しぶりだね。元気にしてたかい?」
久しぶりと言うほど日にちは経っていないのだが。あれからクレイラ島はクレイラ・セティの判断を元にしばらく政治を取り仕切ることになった。まだシャフジズという砂嵐の季節は続いている。その季節が過ぎ、パンデモニウムによる領主殺害の混乱が落ち着けば新たにクレイラ・セティが領主となる人間を選定する手筈となっている。スティーブたちが所属する自警団"ミララニ"はその補佐に徹する。表明通り、政治に関わらない方針をとっている。
まだ落ち着かず慌ただしいクレイラ島だが、今回は事が事なのでスティーブだけでも駆けつけたわけである。何より彼がキロ島に保存してある神秘学の研究資料が心配だった。
「さて、集まってくれたところで」
我が島の優秀な拷問官が聞き出した情報を話すとしよう。報告を述べよと報告しようとしたその矢先。
轟音が響いた。




