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篝火は束ねられて

「タダイマ! キロ島どうなった!?」

「落ち着かんかい」

ビルスキールニルからエルジュに転移してからバハムクランの本拠地に駆け込むまでのこの10分、状況は絶望的になってはいないだろうか。焦った様子で駆け込んでくるアッシュヴィトをユグギルがたしなめる。

息を切らしたアッシュヴィトに水差しを渡してやりながら、ユグギルは入ってきた情報をそらんじる。キロ島に直接"深淵の魔女"セシルが現れたこと。"破壊神"の完成を告げたこと。島に何百人ものパンデモニウム兵を呼び出し、そしてそれでもってキロ島に降伏を迫ったこと。

「それで交戦じゃ」

いつの間にかセシルはキロ島からいなくなったらしい。降伏宣言はパンデモニウムの玉座で聞くと言い残して。つまりは半死半生のぼろぼろの状態にしてから引きずって連れてこい、ということだ。

そうして何百人ものパンデモニウム団員との戦闘に入った。幸いにも戦力は十分蓄えてあった。非戦闘員である民たちを避難させながら、領主クロエたちは戦っているという。

「ユミオウギがいたおかげでな、だいぶ楽だったそうだが」

もう今の時点ですでに住民の避難は完了したのだとか。アルフの師匠である観測士がいたおかげで避難は滞りなく終わった。あとはパンデモニウム団員たちを追い返すだけ、というのが現状だ。

「仮にも"アトルシャン"の本体だからの、"アトルシャン"として応援を呼ぶほどでもない…が」

島に待機させていた戦力で十分。むしろ余裕さえある。戦線は島の中心に及ぶことなく、玄関口である港周辺にとどまっている。

"アトルシャン"として応援を呼ぶまでもない。が、それは裏事情。表の事情では動かなければならない。反パンデモニウム同盟"コーラカル"として、パンデモニウムの襲撃を受けるキロ島を助けなければならない。その恩をもってキロ島も今まで隠していた"アトルシャン"のベールを脱いで正式に表舞台に立とう、というのが領主クロエの目論見だ。

「ごちゃごちゃ隠し事するのは止めたってことだな。元々ややこしすぎたんだよ」

裏の"アトルシャン"だの表の"コーラカル"だの。ハーブロークが呟いた。とりあえず、キロ島に行ってパンデモニウムをぶちのめすのは理解した。

「そういうことだの」

頷いたユグギルは手元の通信武具を見つめる。"コーラカル"が助けに来た事実がほしいだけで戦力は必要ない、むしろ余っているくらいだ。だから誰を派遣しても構わないとクロエは言っていたが。

「もちろん行くであろう?」

「トーゼン!」

即答したアッシュヴィトに、だろうな、とユグギルが苦笑した。それならば文句はない。ついでにそのまま同盟締結もしてきてもらおう。

「任せたぞ」


「5」

屋根の上に位置取った彼はゴーグル越しに眼下を見る。夜の闇に乗じて、戦線の裏側から回り込んでこようとする侵入者の人影を"観測"する。

3、2、1。頭の中で数えた彼は矢を番える。闇の色と同じ短弓から夜の色と同じ矢が音もなく放たれた。矢は風を切って侵入者たちの眉間に音もなく突き刺さった。どさり、と倒れる音だけが夜の往来に静かに響いた。

「さすがユミオウギ」

お見事、と揶揄する領主の声を通信武具越しに聞き、彼は肩を竦めた。盲目の領主だが、見えない代わりに視る力を持っている。それ専用に作り出した武具でもって、領主はキロ島全体を見通している。だからこそここまで的確に指示が飛ばせるのだ。

「この程度」

何ともない。容易だと短く答えた彼は再び矢を番えた。5から再びカウントを始め、0で放つ。角を曲がって駆けてきたパンデモニウム団員の心臓を穿つ。またひとつ、往来に伏せた。

しかしまぁユミオウギとは、領主も意地悪な呼び名をつけるものだ。彼は元々、島の外から訪れた人間である。篝火を意味する"アトルシャン"という反パンデモニウム組織にカガリという呼び名を持つキロ島領主が関係ないはずはないと訪れたことが発端だ。世界に散る情報からそれにたどり着いた彼の観察眼と情報処理能力を買われて"アトルシャン"に招かれた。それからキロ島に住むようになり、そこで扇屋の娘に見初められて結婚した。

キロ島では(あざな)という命名に関するルールがある。名前は神聖なもので、無闇に呼んではいけない。呼ぶ時は字という仮の名を用いるのだ。それは生まれた時に親によって与えられる。だがキロ島生まれでない彼はそんなもの持たなかった。だから名付けようという話になり、そして領主によって名付けられたのがそれだ。武器である闇の色をした短弓になぞらえ、弓を使う扇屋の義息子、略してユミオウギだ。

「改名は受け付けんでな」

「いいよ。慣れた」

仮だとしても名は名。そうやすやすと改名できるものではない。どんな単純な名付けだったとしてもつけられた以上はその名で過ごす。

応じた彼はぐるりと首を巡らせる。近くの通りにも気配はないし、しばらくはこの通りを走るパンデモニウムもいないだろう。ふぅ、と彼は一息ついた。

それにしても"破壊神"とは。なんともおっかないものが世の中に生まれたものだ。完成したというのなら使えばいいのに、この状況で持ち出さなかったのにはおそらく何かがある。条件か理由か、どちらかは判断がつかないが。

「はん、冗談」

冗談じゃない。短く言葉を切った彼は往来の見張りを再開した。

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