刻みつけられた価値観
一連の攻防を見、ニルスは己の価値観が壊れていくのを自覚した。ミリアム諸島の外部の人間たちは"火に汚れた者"で、とても恐ろしくて野蛮なのだと聞いていた。だがどうだろうか。目の前の彼らは自分のために戦っている。縁もゆかりもないニルスのために。本当に野蛮人ならばこんなことはしない。
"火に汚れた者"は森を焼き森を損なう。失われていく緑を顧みないと言い聞かされてきた。だがどうだろうか。目の前の彼らはドリアードにのみ集中し、攻撃の余波ひとつ森に逃さない。あの氷剣だって本気を出せばこの広場ごと周囲の木々を巻き込んで凍らせることだってできるはずなのに。
本当に、ミリアム諸島の外の人間は野蛮に森を損なうだけの人間なのだろうか。ぐらぐらとニルスの価値観は揺らいでいく。
どうして外部の人間が自分のために戦うのだろう。どうして内部のアレイヴ族たちは何もしないのだろう。もし彼女たちがニルスのために声をあげたのなら、擁護者も同罪という通達に従ってここに連れ去られるはずだろうに。どうして檻には自分しかいないのだ。どうして同胞の芽は助けてくれないのだ。
だがここで単純に手のひらを返しアレイヴ族を非難し"火に汚れた者"に迎合することは今までの価値観が許さない。結果、中途半端なままで檻の中でへたりこむしかなかった。
もはや何を信じればよいのだろう。迷うニルスは膝に抱えていたままの薬草籠を強く抱く。アレイヴ族としての在り方も知識も知恵も経験も教えてくれた長老シスならば、この疑念に答えを示してくれるのだろうか。
「わたしは…どうすればいいの…」
どうすればいい。それはこっちだって問いたい。背後から聞こえてきた呟きに内心で返してアルフは舌打ちをした。
あの蔦の鎧、やはり頑強だ。傷つけられるほどに強靭になるそれは、もはやどう刃を入れても表面を撫でるに等しくなっていた。まったく傷つけることがかなわない。断つなんてとうてい無理だ。
少しでも脆いところを突こうと"観測"しても弱点など見つからない。どんなに頑丈なものでもひびさえ入ればそこから壊せるものだが、そのひびが入らない。最初の一太刀が入らない。
じりじりと追い詰められていくのを感じる。"観測"でドリアードの動きを読んでどうにか切り抜けてはいるもののそれもいつまでもつか。
「どうすれば……」
この世界は自分が生み出したもの。あの大樫の処刑樹ドリアードもまた間接的に自分が生み出したものだ。ならば攻略の答えは自分の過去の創作にある。
そう思い至った猟矢は記憶をあさる。思い返せばクレイラ島での戦いも過去の創作の中にあった。鉄壁の盾を防御無効の術で破壊するといった流れは以前、そういった展開を思いついて書き出した記憶がある。完結はしなかったが。
ならば今回も攻略の糸口は過去の中にある。無限強度の蔦。殴れば殴るほど強固になる。そういう敵に対峙して主人公はどう勝ったか。思い出せ、あったはずだ。
「あ…!」
思い出した。猟矢は手招きでアルフを呼んだ。攻略法は思い出したがそれをこの状況で具体的に実現する手段が思いつかない。アルフならばいい方法を思いついてくれるはずだ。
猟矢が何か妙案を思いついたらしいと察し、一同がそれとなく集まり始める。
「"犠牲者による防衛"!」
適当に集まったところで猟矢が防御結界を展開する。青く薄く透明な六角板の集合体はドリアードの堅牢な蔦の殴打を受け止める。
「で、何思いついたんだ?」
「えぇと、ヴィトでもハーブロークでもいいんだけど…」
神かそれとも闇馬か。どちらでもいいが召喚武具でドリアードを攻撃することはできるだろうか。あの大樫の処刑樹を大いに損傷させたい。シスとの約束通り森を傷つけないようにドリアードだけを。
おそらくバルセナの夜の女神では力が足りないだろう。あれは生物を眠らせる能力のみしか有しておらず、攻撃には向かないはずだ。
「召喚しろっつったらできるけどなぁ…んなコトしたら余計面倒にならねぇか?」
闇馬"アムドゥシアス"には刃のように薄く鋭い角がそなわっている。あれをひと薙ぎすれば蔦の数本まとめて断ち切れはできるだろう。だが蔦の鎧に阻まれドリアード本体まで傷つけることはかなわない。すぐさま堅牢な蔦で覆われる。しかも切断した時よりもはるかに強靭な強度で。
そして返ってくるのは太く硬く重い蔦の殴打。こちらの攻撃はあちらの攻撃力を上げるだけなのだ。
危惧するハーブロークに、そうだけど、と猟矢が頷く。そんなことはわかっている。
「傷つけられるほど太く硬く重くなる。…ってことはさ」
もしそれが、ドリアードが扱いきれぬほど肥大化したらどうだろう。過剰に太く硬く重い蔦を操ることなどできなくなるのではないか。どんな重厚で強力な武器でも持ち上げられなければ意味がない。
「ナルホドネ。さすが!」
それなら自分が引き受けよう。火神を召喚しなければあとは自分の調節だけで森に被害は出さないようにできるはず。
指輪を引き抜き神を呼ぶ門を召喚しようとするアッシュヴィトをダルシーが片手で制した。
「……私がやる」




