樹縛の呪木
蔦を編んだ檻。蔦でできていると聞けばなんと脆弱だろうと思うだろう。だがこの檻は信じられないほど堅牢だ。なにせこれは生きている。蔦を切ろうものなら即座に新しい蔦が伸びて破損箇所を補うのだ。
蔦に蔦が絡み、太い格子になった樹木の檻の中ではぁ、と少女は自らを嘆いた。なんて愚かなことをしてしまったのだろう。
少しだけならば大丈夫だと思ったのだ。たった半歩踏み出して身を乗り出すだけならば寛容に許されるだろうと。以前、薬師として駆け出しだった頃、目の前に薬草に夢中なあまり道から半歩踏み出したことがあった。その時は厳重注意と掟の百唱で済んだ。だから今回もその程度か、掟に従い鞭打ちくらいなら覚悟していた。それがまさかこんなことになるとは。
処刑。しかも、少女を擁護したものも同様に処すというのだ。それは少女が知るアレイヴ族の歴史の中でいまだかつてない事態だ。それほど重いことだったのだろうか、これは。たかが半歩、されど半歩。それだけで少女の首はあの大樹に吊るされる。
大樹の精霊ドリアード。それは森の司法を担当する。トレントよりも下位の存在ではあるが、単体としても森のなかで絶大な権力を誇る。掟を定め、遵守されているかを監視し掟破りを裁く。刑罰に使われる鞭に用いられる蔦はドリアードから採取したものを編んだものだ。そして、死刑に処すものは自らの樫の身体に吊るして殺す。
そのようにして自分はあの樫の身体に吊るされるのだ。決して切れることのない頑丈な蔦の縄で締められて。ほろりと少女は涙を落とした。心配するのは里にいる母親のことだ。粗忽者の自分を補ってくれるような相棒をせっかく探してくれたのに、だめにしてしまった。
アレイヴ族は森に分け入り薬を作る薬師と、里や人を守る防人の役割に分かれる。知識と武力の適正によって振り分けられ、基本的に転身はしない。植物の知識に秀でた薬師は森に入って様々な植物を採取する。武器に使う木材のための間伐や薬に使う薬草の採取などが主な役目。防人はその護衛に随伴して危険から薬師を守る。常に2人1組で動く。薬師が里に帰還すれば、里の警備として見回る。
その防人を置いて単独で採取に出かけてしまった。防人を同伴させるという決まりを無視してでもやりたいことがあったのだ。今頃少女の防人になった彼女は助命を嘆願しているだろうか。それとも擁護する者は同様に処刑するとの言葉を恐れて口をつぐんでいるだろうか。早々に見捨てて新しい相棒を探しているかもしれない。
「……シス様…」
というのも、彼女が掟を承知で道を踏み外したのには理由があった。外部のなにがしかに襲われ逃げてきた北部の集落の民をリシタの里に匿おうと動いた長老シスは荒れ狂うトレントに巻き込まれて右足に怪我を負った。その怪我に効く薬草を集めようと彼女は里を飛び出した。薬草の採取地として開放されている草原に駆けた少女は、草原を囲む茂みの半歩先にその目的の薬草を見つけた。そして半歩踏み出してしまって今に至る。
冷静に考えれば軽率極まりない行動だ。だがその軽率さを冒してしまうほど彼女は長老シスを慕っていた。大から小まで失敗を繰り返す粗忽者の自分に根気強く薬草知識を教えてくれたのだ。毒草と薬草を間違えた時にはその見分け方を教え、薬になる根の掘り出し方を一緒に泥にまみれながら指導してくれた。遠き地には蛇に似た亜人がいて、彼女たちは我らが知らぬ薬学を持っているのだと薬師の指南役からは教えてくれない知識まで備考にと説いた。ささくれだった木肌のように厳しいが冷酷ではない。そんな長老が好きだった。だから危険を冒してでも里を飛び出したのだ。
「はぁ…」
檻の中で何度目かの溜息を吐いた。膝に抱えていた薬草籠を抱き直す。この薬草だけはなんとしても長老に届けなければならない。
その彼女の耳がひとの話し声を捉えた。ひとつではない、複数だ。徐々にこちらに近付いてくる声と一緒に人面樹の足音も聞こえてくる。ずし、ずし、と重い樹木の音は声と同じ数だけあった。
処刑を行うため、それまで虜囚を監視しておくため、檻の周りは開けた広場になっている。その周りを取り囲む森から人面樹の足音とひとの声が聞こえてくる。低木を踏み折らないよう避けながら歩く人面樹たちは枝の手で拘束した虜囚を抱えて広場に姿を現す。
「よかった、無事だ」
先頭を歩く人面樹の枝の手に絡め取られて拘束された少年が彼女を見てそう言った。男の人、と彼女はぽかんとした顔で呟いた。琥珀はとても貴重だから専用の建物の外に出ることはないのに。そう思って気付く。彼らはアレイヴ族の琥珀ではない。外部から来た人間たちなのだと。銀髪と褐色の肌でない容姿がそれを告げていた。
「なに、何の用…?」
外部の人間たちがミリアム諸島を襲っているということは聞いている。ほぼ毎日やって来るそれにトレントは過激に応戦していることも知っている。彼らもそうなのだろうか。ミリアム諸島を破壊するためにやってきたのだろうか。
嫌だ。怖い。思わず後退る。狭い檻の中ではすぐに背中に柵が当たる。人面樹に捕らわれた者は処刑の時間までこの檻の中で過ごす。ということは彼らと一緒に閉じ込められることになる。ミリアム諸島を襲撃しにきたかもしれない外部の人間たちと同じ空間にいるだなんて、恐怖のあまり処刑を待たずに死んでしまいそうだ。
「オチツイテ。ダイジョーブ、ボクタチは敵じゃナイ」
銀髪の女が片言でそう言った。銀髪ではあるがアレイヴ族のそれとは違う。白と見間違えそうなほど色素の薄い髪などアレイヴ族のものではないし、何より耳の形が違う。
外部の人間など男だろうが女だろうが皆同じだ。きっと酷いことをするに違いない。人面樹たちが檻の中に彼らを放り捨てていく。その様子は恐怖のカウントダウンであった。きっとこれから自分は処刑を待たずに彼らに酷いことをされて死んでしまうのだ。




