木立から逸れる
「俺らが勝手に助けるなら問題ねぇだろ?」
アレイヴ族がアレイヴ族ゆえにトレントに従わねばならないのならば。外部の人間はそんな義理も義務もない。トレントの意思など関係ない。だからニルスの救出に向かうことができる。
そのハーブロークの言葉にシスはわずかに表情を変えた。あの鉄面皮が揺らいだのだ。義理も義務もないから協力しないと言うのなら、ここで義理を作ってやろうと思ったのだがその目論見は想像以上だったようだ。
「……好きにするがよいじゃろう」
個人としては助けたい。だが長老の立場が許さない。トレントの支配の外である彼らが救出に向かってくれるなら僥倖。願ってもない話だ。だが長老としてはそれを大っぴらに喜んではいけない。彼らは火に汚れた者たちなのだ。アレイヴ族として火に汚れたものに頼るというのは屈辱でもある。
様々な感情を押し殺してシスはそれだけを言った。好きにしろ。アレイヴ族は何も関知しない。勝手にやってきた外部の人間が勝手にトレントに歯向かって勝手に救出作戦を行った。リシタの里は関係ない。そう言い張れれば里にもトレントにも申し訳は立つ。長老としてはこれが最善手だ。最良であるかはともかく。
「じゃぁ好きにさせてもらうぞ」
恩を売って義理を作る。その打算も当然あるが、何より独裁的なトレントが気に入らない。一発殴りたい。立ち上がったハーブロークに倣ってバルセナも席を立つ。アルフもそれに従い、自然な動作でダルシーの手を引く。
「妾はここに残る」
粘り強く交渉を続け、少しでもシスの妥協を引き出す。ひらひらとルイスは手を振った。それに見送られ猟矢もハーブロークたちの後を追う。それについていくアッシュヴィトの背をシスが呼び止めた。
「待つのじゃ。…一言言っておく。森を損なう真似はするな」
森を傷つけるような真似をすれば、アレイヴ族としてそれを見過ごす訳にはいかない。森を損なった非道に裁きをくださねばならないし、そうなれば交渉は決裂。同盟どころではなくなる。それどころか対立もありえる。
「わかった。ご忠告カンシャするヨ」
トレントの態度次第だができるだけ留意する。片手を挙げてアッシュヴィトが応えた。会談の場である民家を出ていく背中を見送り、ルイスはシスに向き合った。
意に沿わぬ異端だからといってグイアの里を見捨てたトレントの意思はとりあえず捨て置く。それについての非難は追々。交渉の仲立ちという役目を忘れて長老としての非難をする場合ではない。
「そうさな。外の森がいかに素晴らしいかを語って時間を過ごそう。エルジュという街にはな…」
「さて、どうやって追う?」
闇雲にミリアム諸島中を探し回る時間も体力もない。気に入らないあまり飛び出したはいいが案無しだ。考えなしめ、とバルセナが嘆息した。
「うーん、島の地理からしてだいたい予測できなくもないけどなぁ…」
うーんとアルフが唸る。伊達に情報を専門にしていない。アルフの"観測"の能力ならば島の地形など即座にわかる。島の地理がわかれば、処刑やそれを行う場所はある程度予想できるはずだ。しかしそれを検証している暇があるだろうか。
「処刑ってことはそれを執り行う場所があって、その時まで拘置しておく場所がある。ニルスって子はそこにいるはずだろ?」
擁護した者まで処刑というくらいだ。ニルスが懺悔したところで許されはしないのだろう。つまり彼女の処刑は決定的。どうあっても覆らない。そんな少女にわざわざ拷問をする理由もないのでおそらく拘束されているだけだ。傷つける理由も目的もないのだから処刑の時間である明日の朝までは無事なはずだ。
では問題はそこに行く方法である。どうすればいいか。地理から場所を絞って手当たり次第に行ってみるという手段は効率的とは言い難い。
どうするかと唸るアルフに、あの、と猟矢が声をあげた。
「トレントが許した道を外れて捕まったのなら、それを利用できないかな」
許可したところ以外の立ち入りを禁ずるというそれは、猟矢たちにも適用されている。リシタの里に向かう時に道の左右にびっしりと並んでいた人面樹たちがそうだ。あの時、好奇心から道を外れれば猟矢たちも捕まっただろう。
ということは、だ。自分たちもわざと道を外れてしまえば人面樹に捕まる。捕まれば処刑のために連れて行かれるだろう。そこはニルスがいる場所に違いない。あとは処刑人ないし責任者、ひいてはトレントかもしれないが、彼らと交渉する。この場合の交渉というのは言葉ではなく武力だ。猟矢たちが勝てばニルスを開放しその罪を問わないよう条件を持ちかければいい。
「成程な」
その発想はなかった。地理から目算し目当てをつけて手当たり次第に当たるよりはずっと確実で早い方法ではないか。なんという妙案を思いついたのか。素直に賞賛したアルフは内心舌を巻く。"観測"ばかりにこだわって柔軟な発想ができないとは、自分もまだまだ未熟だ。
「天才かよ」
「ハーブロークが考えなしなだけでしょう」
気に入らないから殴りたいという勢いで飛び出して手段については考えてない。辛辣にバルセナが返した。
「デキるノ?」
「…できると思うけど」
猟矢の考えついた作戦通り、人面樹は自分たちを連れて行ってくれるだろうか。その場で即刻処刑なんてことは。危惧するアッシュヴィトをダルシーが否定する。
あの人面樹は個々の意思などない。トレントの下位である精霊ドリアードから生まれた存在である。個別の意思など存在せず、単純な命令しか実行できない。おそらく命令としては"禁止領域に踏み込んだ者を捕らえて連れて行け"くらいしか与えられていないはず。アレイヴ族でない外部の人間だけその場で即刻処刑などという臨機応変なことはできない。だから道を外れればニルスと同じように捕らえられるに違いない。
ダルシーの保証を受けて、よし、と猟矢は頷いた。
「じゃぁ、せーの、で」
全員いっせいに道を外れるとしよう。それぞれ示しあって並ぶ。あと1歩踏み出せば禁止領域に踏み出せるように。
「せーの!」




