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カミサマが助けてくれないので復讐します 2  作者: つくたん
貿易都市エルジュ
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砂に芽吹く

神様が助けてくれないので復讐します。


ごうごうと砂が鳴る。砂海が波打つ。

嘆きと怒りと罵りと悲しみと祈りを抱いて、漠々たる流砂の島は神に祈る。万魔の悪徳への罵りが神の怒りとなって降り注ぐようにと。

ボズクハフスル?(私たちはどうする?)

ギ・ハフ(どうもしないよ)

ボズクプレイスル(私たちは祈るだけさ)

砂の民たちはひたすらに祈りを積み上げる。風に流されゆく渇いた砂が鳴らすようなか細い祈りを。


ディーテ大陸の相互防衛条約コーラカル同盟が締結されてから数日。世界はどう変わるわけでもない。同盟締結の知らせは世界を多少揺らしたが、それまでだ。まだ同盟が立ち上がったというだけで、何かしら功績があがったわけではない。非難するのも賛同するのも活動をみてからだ。

「デモさぁ、同盟が動くってコトはパンデモニウムが悪さするってコトなんダヨネェ…」

つまりは破壊と略奪が起きるということだ。死が撒き散らされ悲嘆に満ちる。だから何も起きない方が良いのだが、それでは同盟の実績がなく他国への説得力に欠ける。説得力に欠ければ同盟への参加も促せない。だが実績を作るということは。どうもできないジレンマだ。

「ともあれ平穏は良いことだぞ。…ほらヴィト、仕事だ仕事」

「ハァイ」

アルフがアッシュヴィトを促す。アッシュヴィトはビルスキールニル皇女でもあるがバハムクランのいち団員でもある。皇女だろうと団員ならば平等に扱う。それが入団時にアッシュヴィトから要求された待遇だ。なのでそれに従って団員がやるべき仕事を任せる。貿易都市エルジュの街の配達業務である。

「サツヤは朝から駆け回ってるぞ」

サツヤは自分の分を終わらせた後、人が足りない区画の配達を手伝っている。バルセナはとっくに終わらせて広場でベルベニ族の歌と踊りで小銭を稼いでいる。ちなみに客の入りは盛況らしい。

ダルシーもすでに終わらせている。アルフも言わずもがなだ。アッシュヴィトだけがまだ今日のノルマを終わらせていない。

「ハイハイ、すぐに終わらせるヨ」


「はい、確かに受け取りましたよっと」

「ありがとうございます」

受取状にサインをもらい、控えの用紙を鞄に押し込めて猟矢はパン屋の店主に挨拶した。小麦粉の注文の手紙を受け取った店主は、そうだ、と呟いて店の奥に引っ込んだ。ややあって、瓶詰めのジャムを片手に戻ってくる。

「うちの家内がアズラの実でジャムを作ってね。店に並べる予定の商品の試作品なんだが、食べてみてくれないかい」

瓶まるごとくれてやるから試食して味の感想を教えて欲しいとのことだった。頷いた猟矢は瓶を受け取る。ずっしりと重い。礼を述べた猟矢はそれを鞄におさめようとして、はたと気付く。ジャムということは。

「…パンは買ってくれと」

「ははは、そういうことさ」

商売が上手い。試食に協力してくれる礼に半額に割引するよと笑う店主に苦笑する。焼き立ての柔らかいパンをいくつか買い付けた。ジャムの瓶とパンを鞄におさめた猟矢は改めて配達の仕事に戻ることにした。片手をあげて見送る店主に会釈してから角を曲がる。

次の配達先は埠頭の灯台の灯台守の老人だ。別の町に住む息子から定期的に送られてくる近況報告の手紙だ。エルジュの街の道には石畳が張ってあって歩きやすいのだが、埠頭は海岸の先だ。つまり砂浜を歩いて行かなくてはならない。砂の上は歩きにくいし、靴に砂が入るのも煩わしい。その苦労を見越してか、灯台守の老人は毎度労ってくれるのだが。

ざしざしと砂浜を歩く。往来がしやすいように木の板で道を作ってあるが、そんなもの海から吹き付ける風に巻き上げられた砂に覆われてほとんど意味をなさない。数歩歩いただけでもうすでに猟矢の足には早くも砂が入り込み始めている。

灯台に着いたら水場を借りて砂を洗い落とそう。だとしても復路で再び砂にまみれるのだが。そう決めた猟矢の視界にうずくまる人影が見えた。

「…ダルシー?」

防砂林の方を向き、砂浜に座り込んで何をしているのだろう。しゃがむのではなく、しっかりと膝をつけ尻をついて座り込んでいる。あれでは砂まみれだ。一体どうしたのだろうか。不思議に思った猟矢は彼女に近付いた。なに、と静かな声が応じた。

「何してるのかなって」

「……コココの実が芽吹いてるから」

そう言うダルシーの目の前には小さな芽があった。あの防砂林の木から落ちた実が砂浜の方まで転がり、ここで芽を吹いたのだろう。だが海から吹き付ける潮風に負けてややしおれている。根の張りも浅い。そもそもこの木は砂に生えるものではない。植え替えなければ枯れてしまうだろう。

「だから植え替えようと思って?」

言葉少ないダルシーの思考を読んで猟矢が問う。うん、とダルシーが頷いた。きちんと根付くように防砂林に植え替える。土の栄養もよく、日当たりの良いところにだ。

枯れかけた芽を目ざとく見つけて保護するとは森を愛するアレイヴ族らしい。森の調停者であるアレイヴ族は樹属性を信仰する。森林、草花、果実といった植物すべてを信仰する。そんなアレイヴ族であるダルシーからすればこの芽は捨て置けないだろう。

「手伝おうか?」

「…いい。……配達、まだあるんでしょ」

植え替えなどひとりでできる。それを手伝うよりも、灯台守の老人に手紙を届けに行ったらどうだ。根をちぎらないよう慎重に砂から掘り出すダルシーは顎で埠頭を指し示した。

後ろ髪を引かれる気持ちで配達に戻る猟矢を見送り、ダルシーはそっと根を掘り出し終えた。軽く砂を払って立ち上がったダルシーは芽吹いた種子を抱えて防砂林へ歩く。日当たりの良い場所の落ち葉を払い、土を浅く掘ってから植える。土を元に戻して作業を終え、ダルシーは芽に祈る。アレイヴ族に伝わる芽吹きの祈りだ。この若い芽がきちんと根付き、大樹になるようにとの願いの文言を捧げる。

「…どうか希望の芽となりますように」

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