木立の音を聞く里
ミリアム諸島の中心には巨大な木がある。見上げても頂点が見えないほどのそれはミリアム諸島最大の巨木だ。ツリー・クィホロと呼ばれるその巨木は森の精霊トレントの本体でもある。
「あの者はトレントの根の一部というわけさ」
道案内のため前を行くトレントの背を指してルイスがそっと説明する。あれは巨木のほんの一部であって、本体ではない。ひとの右足に見える根が地中で本体とつながっている。動くことがままならない本体の代わりにミリアム諸島を徘徊できるよう独立して動く。
そのトレントの本体でもある巨木の幹に絡むように足場を組み、住居を構えたのがリシタの里だ。トレントの本体に寄り添うことを許されたリシタの里はミリアム諸島の中心地である。
蛇腹に組まれた階段の前には木製の槍を構えた防人が立っていた。トレントを見、胸に手を当てて一礼する。この移動時間の間に通達がなされていたのだろう、猟矢たちには剣呑な視線をくれてやるだけであった。
トレントは里に続く階段の前に立つとその場で静止する。そこから動こうとしない。幹を見上げ、何かを待っているようだった。
「女の人ばかりなんだな」
幹に絡む足場を見上げるとちらほらと人の姿が見えるが、そのどれもが女性である。アレイヴ族の特徴である褐色の肌に魔術式の刺青をし、木製の槍や弓を携えた美しい銀髪の彼女たちはトレントに対し礼の姿勢を取っていく。
しかしその中に、まったくと言っていいほど男性の姿が見えない。女性が多く、女の街と呼ばれるミーニンガルドでも男性はそれなりにいた。男女比が圧倒的に偏っていて肩身が狭そうではあったが。
「琥珀……アレイヴの男は貴重でな」
猟矢の疑問にルイスが答える。アレイヴ族は男性が生まれるのが非常に稀なのだ。アレイヴ族の集落は100人程度で構成されるが、その里の女たちが全員出産したとしても男は片手で数えられる程度しか生まれない。まるで琥珀のように非常に貴重なのだ。
だから男は丁重に扱われる。アレイヴ族の女を芽と呼ぶのに対し、男性は琥珀と呼ぶ。その琥珀たちは里の奥で厳重に囲われる。そして生殖適齢期になると里中の女に"種"を蒔く。
「ハーレムかよ。羨ましいな」
「そう良いものでもないよ」
ハーブロークのぼやきに肩を竦めて返す。丁重に扱われ、時期が来れば里中の女を抱き放題と言えば聞こえはいいが、実際は道具に近い。丁重に扱われるといっても権力などほぼない。戦いのために魔術式の刺青をすることもなく、武器も持たない。持たせてはもらえない。ただ生殖適齢期まで衣食住に不自由することなく育てられるだけだ。そして精通した途端に女たちが群がり文字通り搾り取られる。まさに種を蒔くためだけの道具だ。
「それでよければ羨んでくれて構わないが」
「遠慮する」
その扱いは遠慮したい。前言を翻して固辞するハーブロークの様子にルイスが面白そうに笑った。アレイヴ族の男の貴重さとその丁重さを知って羨み、実際の扱いを知って辞退するこの流れはどんな男も同じらしい。過去、ミリアム諸島に流れ着いたディーテ大陸の船乗りの男たちも一様に同じ反応であった。
その場に流れたほのぼのとした雰囲気は、直後、こちらを振り返ったトレントの言葉で霧散する。
「準備、ガ、デキタ。入ル、ガ、イイ」
ぎしぎしと軋む枝の手で階段を指す。どうやらリシタの長老との対談の場の用意ができたらしい。促され、道を開ける防人の間を割って階段を登る。その猟矢たちの背中をトレントは見送る。会談は本体の根本で行われるのだから本体の分身体は不要だということだろう。
木を組んで作られた足場は意外なほどしっかりしている。蔦を編んだ手すりも簡単にちぎれそうもない。人がすれ違うに十分な階段を猟矢を先頭に歩いて行く。道案内はなくとも道を案内するように蔦のロープが張られているから迷うことはない。階段の踊り場から脇道に逸れる道は衝立で閉鎖され防人が立っている。寄り道は許されないようだ。
会談の場に向かう猟矢たちに好奇と敵意がないまぜになった視線が突き刺さる。居心地悪そうにダルシーは身を縮こまらせた。
「見てんじゃねぇよ槍投げんぞ」
あれは過去、迫害して追い出した"耳無し"ではないか。そんな視線を追い払うようにハーブロークが言う。大柄な身体で視線を遮るように立ち、しっしと手を払う。竦みそうなダルシーの手をバルセナが握り、引いていく。大丈夫かとアッシュヴィトが何度か振り返り、猟矢も足を何度も止める。見かねたアルフが露営用の外套を取り出してダルシーにかぶせた。
「……ありがとう」
「気にすんな、色々と」
仲間として当然のことだ。礼を言われるでもない。ぽんぽんと背中を叩いて励ます。
そうこうしている間に会談の場である小屋が見えてきた。蛇腹に組んだ階段の踊り場から足場を伸ばし、そこに家を建てている。壁も屋根もすべて木製だ。木の地肌そのままであり、塗料などでの着色もない。窓枠にコココの実の殻で作った鉢植えがかけてあり、小さな白い花が咲いていた。
見るからにただの民家だ。アレイヴ族をまとめる長老が会談に用いるような建物ではない。本当にここでいいのだろうか。引き返して別の道を行こうにもその他の道は衝立で閉鎖されているのだが。
「入るがよかろう、芽たちよ」
このまま入っていいのか猟矢が迷っていると、中から厳しい声が聞こえてきた。いかにもアレイヴ族全体をまとめる長老といった厳格な声だった。樹齢何百にも到達する老成した古木を思い起こさせる。
「えぇと、お邪魔します」




