森に切り込む
閉じた石門が変じた指輪をはめ、アッシュヴィトは防砂林の中に踏み込んだ。樹神と約束させたことだから罠が待っていることはないだろう。非常に苦々しく疎ましく思いながらも会談の場は作ってあるはずだ。
それを成功させるのは自分たちの仕事。気合を入れながら防砂林から続く森を歩く。しばらく歩くその後ろで、ほう、とルイスが唸った。
「よもやリシタに直接席を設けるとは」
そこはミリアム諸島の中心だ。地理的にも精神的にも地位的にも中央にあたる集落である。つまりそこの長老はすべてのアレイヴ族代表と言っていい。そこに会談の場を作るとは。どうせそのあたりの間伐地に連れて行くのかと思いきや、意外にも破格の待遇であった。
思わず口笛を吹くルイスとは対象的にダルシーの顔は重苦しい。この道は過去、耳無しめと罵られ石を投げられ追い出された道だ。
リシタの集落で生まれたダルシーは生まれた頃から疎まれ者だった。両親だけが唯一それを庇ってくれた。耳の形などなんだ、お前は純粋なアレイヴ族なのだから恥じるなと。不完全な"耳無し"を産んだことなど後悔せず胸を張り差別に立ち向かった。だから両親が生きている間は孤独ではあったが孤立はしていなかった。
だが両親が病死したと同時に迫害が始まった。両親の抵抗によって抑えられていたものが芽吹いたような、最低最悪の迫害だった。不完全な"耳無し"を産んだ罪と言って両親は埋葬されず、ぞんざいに海に放り捨てられた。石を投げられ集落を追い出されたダルシーはその時たまたまミリアム諸島に漂着していた船に載せられこの島を去った。そしてゴルグから転々とエルジュにたどり着き、バハムクランに加わった。
もし迫害されている娘の噂を聞き、変わり者の集落の長老であるルイスが引き取ってくれたなら運命は変わっただろうか。少なくとも石は投げられずに済んだだろう。
そんなことを思いながら道を歩く。ダルシーの左右を挟むようにアルフとバルセナがついていた。背後にはハーブロークがいた。もし再び石を投げられるようなことがあれば庇えるように。その配慮がとても嬉しかった。
「愛い芽よ、わかるか」
ハーブロークとの間に割り込んでルイスはそっとダルシーに囁いた。静かな問いかけにダルシーは無言で頷いた。
トレントが森を割って作った獣道同然の道。左右には当然森が広がっているのだが、その中に息を潜めて蠢く存在がいる。それは、トレントが森の護衛にと作り上げた人面樹だ。森を保護し、掟破りのアレイヴ族を処罰する役目を負っている。その人面樹がじっとこちらを見ている。森の景色に興味を惹かれ少しでも道を外れようものならば捕らえるつもりなのだろう。
それらが剣呑な雰囲気を発して森の左右にびっしりと、人垣のように並んでいる。ミリアム諸島中の人面樹がここに集合しているのではないかと錯覚しそうなほどの数が集まっている。
「熱烈な歓迎ね」
森中から注がれる視線を感じて皮肉げにバルセナが肩を竦める。茨のように刺々しい敵意を感じる。樹神がそう命令しトレントが受領したからこそ手出しはされないが、それがなかったらと思うと背筋に冷たいものが走る。
「とんだ森林浴だ」
浴びるのは森の清浄な空気ではなく敵意に満ちた視線とは。アレイヴ族お手製の手投げ槍だの弓矢だの石だの浴びないだけましとはいえようが。船酔いを引きずってまだ顔色が悪いハーブロークが唸った。刺々しい視線のお礼に胃の中のものでもぶちまけて意趣返しをしてやろうか。
「汚いことするなよ」
色んな意味で。うえ、と猟矢が眉を寄せた。心なしか、自分に向けられる視線だけは敵意というより戸惑いや好奇の意味合いが強い気がする。クレイラ島でただ1人、雷神の精霊がなついたことと関係があるのだろうか。考えてみるが猟矢にはわからない。
「すっとぼけやがって、ジョーダンじゃねぇ」
首を傾げる猟矢を見、アルフが溜息を吐く。あるのだろうか、ではない。あるのだ。精霊が無条件に膝を折り、命令を賜るのを待ちわびるような良質で上質な魔力を持っているのだ、猟矢は。
そんなものがこの森を歩けば、人間に敵意を向けるトレントの手前おおっぴらにできないでも注目を受けるに決まっている。こんな魔力を持つ人間が存在するのかと驚愕し、その魔力に使役されたいと願う。
おそらくこの先、話し合いが決裂して島を叩き出されるはめになっても猟矢だけは無事に小舟にたどり着けるだろう。そのために森中の精霊が力を貸すだろう。自分たちを束ねる大精霊トレントの意志に反してでも。
「無自覚ってコワイよネェ…」
自分もそれなりに特別な人間ではあるのだが、猟矢の前ではそれもかすむ。やれやれとアッシュヴィトが肩を竦めた。




