調停者の出港
「……う、うむ。妾が悪かった。侮ってすまなかった」
ようやくそれだけを絞り出したルイスは、ごほんと咳払いをして気を取り直した。
「さ、早速ゴルグとやらに行こうではないか」
先程の驚嘆をごまかすように話題を転換する。ここからミリアム諸島へは"ラド"でゴルグに向かい、そこから船で行く。ミリアム諸島の海岸までは船で半日ほど。ルイスにとっては初めての武具による移動だ。
「んじゃ行こうか。アルフ、"ラド"のゴルグの転移先座標ってドコ?」
「ん、ゴルグの港だけど?」
"ラド"は時空間の座標を用いて転移先を登録する。その精度はとても正確で、重要施設などに付与される神の結界で歪められない限りひとつの建物を指定できるほど。そのため同じ"ラド"を持ち、ゴルグへの転移が可能であるアッシュヴィトとアルフであるが、その転移先にはわずかな違いがある。アッシュヴィトはゴルグの街の正面門を転移先に設定してあり、アルフは港に設定してあった。
「ソレナラ、アルフの"ラド"でイイカナ。お願いデキル?」
「おう。"ラド"。このメンバーを機工都市ゴルグへ」
"ラド"はとても便利だ。陸路で行けば何ヶ月とかかったであろうエルジュとゴルグの間を一瞬で移動する。適合者は多少選ぶが、何人か人が集まればそのうち誰かしら1人は使えるくらいの割合で存在する。
少し選ぶものの使い手はそれほど珍しくないため、武具の価値自体もそれほど高くない。一般にはそれを用い、人や物を一瞬で運ぶ運送業も成り立っている。
「…というのは聞いていたが、成程。これが転移か」
足元が消失して落とし穴に落ち、地面に足がついたら別の地であった。そんな感じだった。そう感想をこぼすルイスは尻餅をついた身体を起こした。ぱんぱんと尻の砂を払う。ぐるりと見渡してみればエルジュとは違う風景が広がっていた。
貿易都市エルジュの港は木と石で作られた桟橋であったが、ここ機工都市ゴルグの港は鉄と石でできている。船も船首や船尾などは鉄板を貼り合わせてある。鉄板にはレリーフを彫刻し、貨物船なのか旅客船なのかの区別をつけている。
「ほほう」
面白い、とルイスは呟いた。アレイヴ族の掟を踏まえ、ディーテ大陸からミリアム諸島にやってくる船は鉄を極力使わない。こんなレリーフ付きの船など見たことがない。
楽しい、とルイスは素直にそう思った。外の世界はなんと新しいものに満ち溢れているのだろう。外部との情報や技術を積極性に取り入れていた自覚はあるが、あんなもの世界のごく一部だったのだ。
「アレイヴらしくねぇなぁ」
「だからこその異端よ」
ルイスはそう得意げにふふん、と鼻を鳴らした。やたらアレイヴ族らしく振る舞っていないのは同行するダルシーを気遣ってのことだろう。握手の際にダルシーの耳がヒトと同じく短いものであることに気付いたはずだ。迫害された彼女が再びあの地を踏むことについて、末端の集落とは言え長老が破天荒に振る舞うことで精神的負担を軽減しようとしている。
「船は6番港…だからあっちだな」
ゴルグに在籍する"コーラカル"の関係者がミリアム諸島行きの船を用意している。船はミリアム諸島の近海で猟矢たちを小舟に降ろし、小舟でミリアム諸島に向かってもらう手筈となっている。先のパンデモニウムの襲撃もあり、船での接近は躊躇われたためだ。
6と数字が書かれた看板の港には小ぶりの木造船が用意されていた。出港の準備を終わらせ猟矢たちを待つだけとなっていたのだろう、暇そうに海鳥たちを眺めていた船乗りたちが猟矢たちに気付く。
「おう、バハムクランだな」
「ドーモ、ヨロシクネ」
握手を交わし、念のためバハムクランの所属証明書を提示し隠語の符丁で身分を示す。船乗りたちはすぐに舷梯を下ろして猟矢たちを船に招き入れた。
そしてほどなくして、出港の汽笛と共に船は大海原に漕ぎ出した。
ディーテ大陸の東、南はクロークヘイズから北はラピス諸島に至るまでの広い海域をイルス海と呼ぶ。この海域は非常に穏やかで荒れることはほぼない。嵐も渦潮も発生せず常時ほぼ凪いでいる。そのため沈黙の海と呼ばれる。
「なぁアルフ、この海にもナルド・リヴァイアみたいなやつはいるのか?」
ナルド・リヴァイアとはディーテ大陸西のナルド海の海流を統べる巨大な雄海竜のことだ。荒れた海に神の存在を見出した人が信仰し、その信仰の力によって神となった概念が受肉し実際に海竜となった。そんなような存在は信仰神と呼ばれ、世界のあらゆるところで土着信仰的に存在している、と聞いた。
それならばこの海にも何かしらの信仰神が存在しているのだろうか。猟矢の問いに答えたのはアルフではなくルイスであった。
「いかにも。ここにも海竜は棲んでおる」
イルス・リヴァイアという。非常に臆病な海竜で、ひとの目に触れぬよう普段は海底に潜んでいる。しょっちゅう海面に顔を出しそのたびに海を荒れさせるナルド・リヴァイアとは違い、イルス・リヴァイアの姿を見たものはほとんどいない。
伝承によって姿は伝えられているものの、その姿を実際に見た者はごく稀。あまりにも姿を見ないため死んだのではないかと恐々とした者が調査しようとすると、生存確認のために海面に上がってくる。その程度だ。
「アレイヴは海は好かんでなぁ」
潮風は木を傷める。水は木にとって恵みだが、海水は木にとって害だ。だから疎むほどではないにしろ好まれない。だから海竜信仰はどちらかといえばディーテ大陸側のものだ。ルイスとてゴルグからやってきた船乗りに聞いた程度だ。
「まぁ今回のことにも関わることはないだろうよ」
それよりも、だ。地平線に見えたミリアム諸島が近付いてくる。そろそろ小舟に乗り換えねばならないだろう。猟矢たちを小舟に下ろせば船はゴルグに引き返す。帰路は"ラド"で帰ってこいということだ。
「よし、じゃぁジュンビしようカナ!」




