話の調停者
数日後、彼女は転移武具を使わず船でやってきた。フィントリランドからの荷物を輸送する貨物船に相乗りして。
興味津々に風景を見渡しながら舷梯を降りる彼女の耳はすらりと長く、それを彩る銀髪は見事な美しさをしていた。白に近い銀の睫毛に彩られた瞳は新緑の色をしている。袖を切り落としたチュニックに肘から先だけの袖。露出した二の腕には複雑な模様が刺青されていた。
軽やかに舷梯を降りた彼女は出迎える猟矢たちを見つけ駆け寄ってくる。つむじで高く結い上げた髪が揺れた。
「やいやい、そちがバハムクランとやらか?」
気さくに笑いかけてくる彼女はあの排他的なアレイヴ族らしくない。アレイヴ族の長老というからもっと無愛想かと思えば。肩透かしを食らった気分で猟矢は握手に応じる。
「妾ははぐれ者の里グイアが長老、ルイス・キティリーウ。どうぞよしなに」
猟矢、アッシュヴィト、アルフと順番に手を握り、おや、と目を瞬かせる。同じ班でいる以上行動を共にしなければいけないため渋々ついてきたダルシーを見る。
「同じ森の種か。それは心強い。ヒトばかりで恐縮していたところよ」
アレイヴ族がいるのなら心強い。そう手を差し出す。差し出された握手をダルシーはやんわりと拒否した。
自分は火に汚れた者。しかも氷の剣を扱う。氷は木を害するものとして火の次に嫌われているものだ。さらには"耳無し"と蔑まれ迫害された身。そんなダルシーが真っ当で純血のアレイヴ族のしかも長老と握手などできるわけがない。
そう拒否するダルシーの手をルイスは強引に取って握る。
「何を気にすることがあろうか。妾はすでに治療の段階で武具による補助を受けた。すでに火に汚れた者である」
大手術をするために、武具で作られた異空間に収容された。その詳細は省くがあの異空間の中でなければできなかった治療だ。そのおかげで命をとりとめたのだが、掟に従えば火に汚れた者である。
治療のためとはいえ火に汚れた者となってしまったことに絶望し、一命を取り留めた者の中にはその後自死を選んだ者もいる。そのくらい火に汚れた者の掟は重い。
「それにグイアは元々はぐれ者の里と呼ばれし集落。アレイヴの中では異端よ」
武具こそ輸入しなかったものの、こまめに外部の情報や知識を仕入れて生活に活用していた。トレントが厳しく外部を締め出すまでは積極的に外部との接触を設けていたのだ。そのためミリアム諸島の最長老からは鼻つまみ者として扱われてきた。
そういう意味ではアレイヴ族にあってアレイヴ族でない半端者といえる。だから気にすることはないのだとルイスはダルシーの手を強く握った。ダルシーは何とも言えない顔でされるがままになっていた。
「さて、早速ゴルグとやらに向かいたいところだが、その前に少し気になることがあるのだが寄っていいだろうか?」
「うん? まぁイイケド…」
「ありがたい。というのも先程海岸に林を見つけてな」
森を敬愛し草木を愛するアレイヴ族として、見かけた森林はすべてチェックしておきたい。どういう植物が生えているのか、森林は健康で生き生きと茂っているか。
許可をもらったルイスは桟橋を飛び越え海岸を越えて防砂林に向かう。猟矢たちもそれを追った。
「…ほほう、これはこれは……」
なんと立派な林だろうか。思わずルイスは感嘆の声をあげた。木々は潮風に負けず豊かに生い茂っている。日当たりのいいところには芽が育っている。植え替えたばかりなのだろうに若々しく元気だ。
「素晴らしい。こんな健康は林は稀に見るぞ」
「ダルシーが手入れしてるカラネ。ボクたちも手伝ってるケド」
毎日ダルシーが見回り間伐から剪定まですべてこなしている。そう聞いたルイスはなおさら感嘆した。
その木も無駄な枝ひとつない。適度に日を遮りつつ地面に日光を落とし、それでいて防砂林としての役割を果たしている。このような林などミリアム諸島とて滅多にない。なんと素晴らしく立派に手が行き届いているのだろう。それをなしたのがたったひとりのアレイヴ族だということ。あっぱれとしか言いようがない。感激さえ覚える。
「外の世界にも美しい森林は存在するのだな」
どうせヒトのこと。森林など適当に放っておけばいいなどと思っているだろう。薪や木材が欲しければ切り倒し、自分勝手に荒らし回る。荒れた森など見向きもしない。邪魔だと思えば伐採して更地にする。人間などそんなものだ。そんな侮りが心の何処かにあったようだ。
世界はこんなにも美しい森が存在するのだ。美しい森はミリアム諸島にのみ存在すると無意識に思い込んでいた。そんな自分を恥じる。
「なにが"はぐれ者だからアレイヴ族ではない"だ。そちは立派にアレイヴ族ではないか」
アレイヴ族をアレイヴ族とするのは血統でも外見でも使う道具でもない。その精神性だ。森を敬愛し草木を愛し、そして見事な防砂林を構築するこの手腕こそ立派なアレイヴ族ではないか。
ミリアム諸島で古い因習に囚われ耳の形がどうの道具がどうの喚き立てる者たちよりもよほどアレイヴ族らしい。
そうルイスが褒めると、ダルシーは照れくさそうに目を逸らした。




