森の調停者
火に汚れた者。そうダルシーは自称する。
自分はアレイヴ族であってアレイヴ族になし。確かに作法や生活様式はアレイヴ族のものではあるが、それ以外を知らないのでそうしているだけだ。
どういうわけか生まれつき耳が短く"耳無し"と迫害され島を追い出された身だ。完全で完璧なアレイヴ族ではない。
「火に汚れた者?」
「……アレイヴでは武具を使う人間をそう呼ぶの」
武具の素材は銀。作るには火が必要である。火を燃やすに必要なのは薪。木材。木。
森を信仰するアレイヴ族はそのことを許さない。よって武具を使う人間のことをそう呼んで忌み嫌っている。
「でも武具なしで戦うのは無理じゃないか?」
この世界の構造上、戦いには必ず武具が用いられる。戦い以外にも、生活の便利用品なんかも武具に頼っている。武具に依存しきったこの世界で、武具なしで戦闘は非常に不利ではないか。生活は不便を我慢すればいいだけだが、戦闘ともなれば武力の有無は生存率に直結する。
「……大丈夫」
その代わり、魔術式を刺青として身体に刻む。精霊トレントが教えた術式を専門の術士が刺青として刻み、アレイヴ族はその魔術式を起動して戦う。そもそも武具は難解な魔術式を特殊な銀に読み込ませ誰でも扱えるようにしたもの。そう考えれば人に刻むのも不自然ではない。式が正しければ銀だろうが人だろうがなんだろうが関係ないのだから。
アレイヴ族は魔術式を刻んだ身体で魔法を起動し行使する。その特性上、属性元素に干渉するエレメントタイプのものが多い。木を害する火や氷はほぼなく、木を育む地や風、水、樹属性が多い。その他には極稀に精霊を召喚するくらいで、武器や時空間に干渉するものはまったくない。
そのため武器はというと、間伐した木から作る手投げの槍や弓が主となる。徹底的に金属を嫌うため矢尻もなく、ただ木を削っただけのものだ。だがその威力は十分。優秀な使い手ならば急所を貫き即死させる。
「…私は"耳無し"。火に汚れて、氷を使う。アレイヴとは対極にあるんだよ」
アレイヴ族の特徴でもある長い耳を持たない。その上武具を用いる火に汚れた者。しかもその武具は木を凍えさせる絶対零度の氷剣。何もかもアレイヴ族を構成する要素とは対極にある。だから自分はアレイヴ族であってアレイヴ族になし。草木を愛する性情と褐色の肌と銀髪の外見を持っただけのただの人間であるといっていい。だが人間そのものでもない。中途半端な存在だ。
「…私ははぐれ者なんだ」
緩くダルシーは首を振った。耳を隠すように内側に癖をつけた銀髪が揺れた。
「あぁいた! ダルシー、サツヤ!!」
ぱたぱたと海岸の枕木を蹴って青年が駆け寄ってくる。ユグギルが呼んでいると告げる彼は同じくバハムクランに所属するメンバーだ。身軽さを買われ、伝令や使い走りなどを担当している。
「呼んでるって、なんで?」
「次の仕事に関してだって」
詳しくはユグギル本人から聞くといい。ついと彼はユグギルが常駐している建物の方角を指した。
ユグギルが常駐しているのは酒場と宿を兼ねた建物の地下だ。ちなみに宿の女将も同じくバハムクランのメンバーである。いかにも下働きの手伝いに訪れたような顔をして店の奥に入り、専用の入り口から地下階に入る。そこには広い一つの部屋があり、中心に長方形の机が置いてある。その部屋の奥側の席がユグギルの席である。
猟矢とダルシーが来てみれば、すでにアッシュヴィトたちが揃っていた。適当な位置に座って腰を落ち着けたところでユグギルが本題を切り出した。
「近々、フィントリランドのナルガエクランから客人が来ることになっての」
「ナルガエから?」
フィントリランドにはナルガエクランというクランがいる。もちろんこれも"アトルシャン"から派生した集団である。以前は非公認の用心棒集団だったのだが、フィントリランドが"コーラカル"に加わったことで正式に認められ、フィントリランドの王兵とは別の系統の自警団として活動を許可されている。
そのナルガエクランから客人が来るのだという。自警団という地域密着型の立場上、クラン同士での人のやり取りは非常に稀だ。それもそのはず、裏でつながっていても表向きは無関係なのだから。関係も交流もないのにどうして人が移動するのだと疑問に持たれ調べられ正体がばれることをおそれて、情報はやり取りしても人の行き来に関しては慎重だ。
それを押してまで人が移動する理由。相当のことだ。この情勢で思いつく"相当のこと"などひとつしかない。ミリアム諸島への動向に関わることだ。
「お主らがクレイラ島に向かっている間に、ミリアム諸島にパンデモニウムが襲撃をかけての」
船で艦隊を組んでぞろぞろとやってきたそうだ。その襲撃自体は大樹の精霊トレントが大いに荒ぶって叩き返したそうだが、やはり犠牲は出てしまった。諸島の最北端に位置する集落が焼け落ちてしまったらしい。そこの住民も船に連れ去られてしまった。
しかしその艦隊の撤退のさなか、捕虜となったアレイヴ族たちが反乱を起こし船上は大混乱。艦隊は沈んでしまった。そのうちの何人かのアレイヴ族がフィントリランドの海岸に流れ着いたのだ。流れ着いたアレイヴ族のうち半数はすでに死体だったが、かろうじて命のある者はフィントリランドで治療を受けている。
「でだ。快復した長老がぜひこの恩を返したいとな」
そこから"コーラカル"のことを知り、ミリアム諸島との交渉が難航していることを聞きつけた。では自分がその仲立ちをしようと申し出てきたのだ。
そしてミリアム諸島との交渉のため、近日中にここ貿易都市エルジュにやってくる。猟矢たちは彼女と合流してミリアム諸島に向かい、交渉をしてほしい、というのがユグギルの話であった。




