砂都の後日
「…以上がクレイラ島の顛末で」
「うむ。ご苦労であった」
貿易都市エルジュに戻ったアルフは事の次第をユグギルに述べた。
すべての事が終わった後、ミララニはパンデモニウムの侵略と領主とその妻の死について民に説明をした。そして後継の不在について、その判断はクレイラ・セティが負うとも発表した。
砂嵐の季節は外出もままならず隣家の情報すら入ってこない。その隙を突いてそんなことがあったのかと民はパンデモニウムへの強い排斥感が高まっているそうだ。
「新領主は誰になるんだか…それも不透明でなぁ…」
情勢を記した手帳を開きながらアルフが嘆息する。
パンデモニウムに完全に支配される前にそれを防ぎ、クレイラ・セティを救ったとしてミララニの3人に白羽の矢が立ったらしいのだが、全員がそれを辞退したのだ。曰く、我々は民を守るために在るのであって国を守る役目は他者に譲ると。
それならばと政治中枢の人間から選定しようにも、ミュスカデに抵抗した者はすべて殺されてしまっているし、生きている人間はミュスカデに媚びた者だ。自らの命惜しさにパンデモニウムに膝を折った者など、あの排斥感高まる世論が許しはしない。しばらく後継者選びは難航するだろう。
後継者選びはクレイラ・セティが行うが、国を取り仕切る政治的な判断まではしてくれない。神は人の生活に関わらない。政治などもってのほか。そのためクレイラ島は無政府状態にあるといえる。
新領主が決まらなければ"コーラカル"同盟への勧誘も飛ばせない。落ち着くまでは事態を見守るしかない。
「スティーブが蹴ったのか。あれは結構人の扱いが上手かった覚えがあるがの」
ユグギルはあまりスティーブの人となりを知らないが、噂を聞くにそれなりにリーダーシップがある人物であった記憶がある。人の中心に立って率先して集団を引っ張るようなものではなく、物事が円滑に進むように人や物を手配するのが上手いタイプだ。
「本業は学者だしそもそもシャフ族じゃないから反発もあるだろうって」
領主になって政治などに首を突っ込むことになったら本業である神秘学の研究が滞ってしまう。それに外部から来た人間でシャフ族でない。ついでに言うなら彼の信仰は氷神で雷神ではない。自分がそのような様であるからと妻にその責を負わせるなどというのは許さない。ということでヴィリも却下だ。ゼフィルはシャフ族でない以前に年端もいかない少女。おまけに記憶喪失。あれに政治は無理だろう。
そういうわけで民を守る役目であるからと綺麗な言葉を立てて断ったそうだ。候補者として選定に関わらない代わりにどんな領主が立っても反対しない立場を取るらしい。
「まぁ新領主が決まったら真っ先に"コーラカル"に加入申請してくるのは間違いないな」
以前のクレイラ島は戦を嫌う前領主の性格もあり、パンデモニウムの本拠地と物理的に最も遠いからと世界情勢に傍観気味であった。
だが領主とその妻の殺害、そして何よりクレイラ・セティへの仕打ちが民の怒りに火をつけた。炎砂の民は怨嗟を決して忘れない。信仰する雷の性分に沿って非常に激高しやすい。怒り狂えば炎砂の民は怨嗟を晴らすまで武器を収めない。憤怒と罵倒ですべてを踏み蹴散らす。
むしろそれを抑え、"コーラカル"に加わる国々と足並みを揃えることが課題だろう。怒りの感情は逸りやすい。
「そこは追々。いったんこの話は置いておいて」
ユグギルが胸の前で手を揃え、横に動かす動作をする。ごほんと咳払いをしてユグギルは話題を転換する。
クレイラ島の情勢も気になるが、傍観するしかない以上どうしようもない。それよりも。
「姉のこと、大丈夫か?」
アルフが書いた報告書の字は一切の乱れなく整っていた。だがその整った羅列が違和感を生じさせる。どんな事情があろうとも姉は姉。ミュスカデ・アベットと綴るその字に感情の片鱗を覗かせても不思議ではないというのに、だ。
報告書に綴られた"強欲"の名は一切の感情を押し殺して書いたことは想像に難くない。あくまでパンデモニウムの一員だ、敵だと懐古の気持ちをインクで塗り潰して。
「いや…まぁミュスカデがパンデモニウムにいるのは知ってたし…」
その動揺と割り切りは数年前に済ませた。今更どうとも揺れない。ボウガンでその胸を貫いたのも含め。一種のけじめがつけられて肩の荷が下りた清々しささえある。そう言い張るアルフに、馬鹿者、とユグギルが一喝する。
「だったらもう少し手帳の字を綺麗にせんか。読み難いほど乱れておるぞ」
ちらと覗いたアルフの手帳。そこにはインクが滲んだ字が並んでいた。報告書に綴らなかった感情はその中に刻んだのだろう。几帳面なアルフにしてはひどく乱れた字は声なき感情の吐露だ。そんな字をしておいて何が割り切っているだ。
「ちょっとぐらい泣かんか」
「……っ…」
感情の慟哭くらい聞いてやる。そうユグギルが言う。ひとつしゃくりあげたアルフはその場に崩れ落ちた。




