天崖、雷鳴、さようなら
何度かの往復をして全員をそこに連れて行く。
着いた先は青白い結晶が乱立している断崖だった。下を覗く気など起きないほど高い。不思議なことに砂嵐の季節にあってもここには風ひとつ吹かないようだった。
結晶が重なり固まり、台座となっているところにグウィネスの身体を寝かせる。誰も何の言葉も発しない。ゼフィルだけがきょとんとしていた。
こんなところに連れて行って何をするのだろう。それにしてもグウィネスはよく寝ている。せっかくクレイラ・セティの背に乗ったのに起きないなんてもったいない。
「どうしてあそこにグウィネスを寝かせるデス?」
隣にいたヴィリに訊ねる。ぶっきらぼうではあるが呼びかければ必ず応じてくれるはずのヴィリは緩く首を振るだけだった。
「ラゴドエンマリダブロルダダメ」
スティーブが祈りの言葉をあげる。祈りの言葉が始まるのを聞いてヴィリは握り拳を額に当てた。緩く握った拳の掌底を額に押し当てるのがシャフ族の祈りの動作だ。
これは雷神を前にした時にする作法なのに、なぜこんなところで。そう思いながらもゼフィルもわけもわからずそれに従う。
これは葬儀の口上だと察したアッシュヴィトが膝を折った。ビルスキールニル式の葬別の作法だ。
アッシュヴィトが跪いたのでそれがこの世界の作法なのだと勘違いした猟矢もそれに倣う。ダルシーはアレイヴ式に胸に手を当てて目を伏せた。アルフはうつむいて口上を聞いていた。
バルセナとハーブロークはベルベニ族の作法に倣って頭上を見上げて鳥を探す。砂嵐はここまで届かないようで快晴だったが、空には鳥影は見えなかった。
「ゴドノダレスタヴェ…」
スティーブが数歩下がり、拳を額に当てた。黙祷を捧げた一同を見、クレイラ・セティが立ち上がる。
断崖の先端に歩み出したクレイラ・セティは空を仰ぎ一息を吸い。
空に咆哮した。
「わっ!」
驚いて肩が跳ねた猟矢の声も咆哮に消えた。咆哮に合わせ、雷が空に向かって立ち上った。強烈な電撃が走る。ばきばきと結晶が鳴った。
轟音、閃光。それらがおさまる頃、そっと猟矢は顔を上げた。水晶の台座に横たわっていたはずのグウィネスの身体は消え、先程よりいくらか大きくなった青白い結晶のみがそこにあった。
「…帰ろうか」
スティーブが促す。グウィネスは無事神の御許に送れた。いつまでもここにいても何もない。
帰りもまたクレイラ・セティの背だ。誰から乗るかと問う巨狼の視線にアッシュヴィトが手を挙げた。
「このあとボク、ちょっと行きたいトコロあるカラ…」
会って話したい人物がいるのでそれを訪ねたいのだと言う。何処に行くかは明かせないが、察することができる場所だ。そうぼかすアッシュヴィトに巨狼は身を屈めた。
「アリガト!」
果たして巨狼にはアッシュヴィトが何処に向かうか察せたのだろうか。わからないが優先してくれるようなのでその言葉に甘えることにする。
軽く飛び乗って跨ったアッシュヴィトを乗せ、クレイラ・セティは復路を行く。地を蹴り宙を駆け疾走する背中を見送り、ゼフィルは、ねぇ、と口を開いた。
「グウィネスはどこに行ったデス?」
クレイラ・セティの背中に乗っても起きないほど疲れ切って熟睡していたのに。それをあんな硬くて寝心地の悪そうな台に寝かせて。神の眷属が咆哮したと思ったらその場から消えていて。
どうしたのだと問う。グウィネスだけではない。他のミララニの仲間たちだって。脱出の際に別れてしまったと言って。どうして姿を見せない。合流しない。もうすべては終わったというのに。悪者は退治されて島には平和が戻ったというのに。
「グウィネス、まだやることいっぱいあるって言ってたデス」
赤い服を着た弟子が手がかかって仕方ないとぼやいていた。独立してなお未熟な弟子に発破でもかけてやらなくては。叱咤の手紙でも送るかな。そう言っていた。
それだけではない。開発していない武具の構想がたくさんあると。アイデアばかりが先行して理論が追いついていない。構築するために魔術書を読み漁らなければと。作るにも素材が足りないからキロ島からの商人から銀を購入しなければと。
どうせキロ島の商人とやり取りするならば暗号を仕込んだ手紙で"アトルシャン"に報告書でも送るか、なんて。
「グウィネス、ゼフィルにおもちゃいっぱい作ってあげるって…」
そうして作った武具を与えてくれると言っていたのに。どうして。どうして。なぜ。
少女の問いに何も答えられない。死んだのだと説明してもゼフィルの思考は理解を拒否するだろう。竜族の角と記憶を喪失した時と同じように。
「グウィネス、グウィネス……返事してくださいデス…」
ゼフィルのあどけない言葉だけが死者送りの断崖に響いていた。




