揺籃で眠れ
「お帰りデス!」
拠点である廃墟に戻った猟矢たちをゼフィルが出迎えた。木の枝で何やら地面に落書きして遊んでいたらしいゼフィルは、帰ってくる姿を見つけるなり枝を放り捨てて駆け寄ってきた。
「ちゃんとゼフィルはお留守番できたデス! 褒めろデス!」
「うん、よしよし」
ぴょんぴょん跳ねて主張するゼフィルの頭をスティーブが撫でる。何もなかったかを訊ねると、来客があったと答える。
「ワルモノがうるさかったデス。だから静かにさせたデス」
「静かにって…あぁ……」
地面を指すゼフィルの言葉の真意を察する。土砂の底に沈めて"静かに"させたのか。
生死に関しての理解が極端に鈍いゼフィルはその行為がどんなものか理解できない。地の底に沈めれば人間は"静かに"なる。それは殺害だとかそういう意識はなく、ただ不快な音を出すおもちゃを箱にしまったくらいの認識しかない。
「待ってる間お絵かきしてたデス。ふふん、大作デス!」
「ガキっぽいなぁ…」
「あぁ! 踏んじゃダメデス!!」
お絵かきとは無邪気なものだ。溜息を吐いたハーブロークが一歩踏み出すと、ゼフィルが大声をあげた。どうやらゼフィルの大作とやらの一部を踏み消してしまったらしい。
「ひどいやつデス」
「ハーブロークにはよく言っておくわ」
頬を膨らませて拗ねるゼフィルをバルセナが慰める。俺が悪者かよとハーブロークの反駁は無視。
まぁお前が悪い、とハーブロークの肩を叩いたアルフの耳に通信が入った。
「うおっ」
ミュスカデを下し、パンデモニウムの連中を一人残らず片付けたことで通信の妨害も消えたのだろう。耳元で聞こえた大声に思わず耳を抑えた。
エルデナの甲高い声が何やらわめきたてている。ものすごくうるさい。ややあって、こちらと通信が繋がっていることを確認したのか、落ち着いたユグギルの声が聞こえてきた。
「現状は…あぁ…無事クレイラ・セティの解放と…パンデモニウムの撃破を…」
簡単に現状を報告するアルフを置いて、スティーブは家の中へ入る。そのまま寝室の方へ歩いて行く。
「グウィネスが寝てるデス!」
またインゴットで殴られたいのかと非難するゼフィルをよそに硬い表情で寝室の扉を開ける。壁にもたれかかるようにして、誇らしげな表情を浮かべて"眠る"グウィネスの身体を抱え上げる。
「ゼフィル、レスタダオッカに行くよ」
「ふえ? 丘デスか?」
きょとんとゼフィルが目を瞬かせる。その地は余程のことがない限り立ち入ってはならないと言い含められている。そんなところにいったいグウィネスを連れて何をするのだろう。
「あそこ、遠いところにあるって言ってたデス。歩いて行くデス?」
「いや」
否定したスティーブを退かせるように鼻先を突っ込んでクレイラ・セティが顔を覗かせる。
「セティデス!」
無邪気にゼフィルが褐色の毛皮に抱きつく。くるる、と喉を鳴らし目を細めた巨狼は身を屈めた。背中に乗れという意思表示だ。
「セティが連れてってくれるデスか?」
わん、とクレイラ・セティが応じる。いつも子供たちにそうするように遊んでくれるのだと解釈したゼフィルは大喜びでその背中にまたがった。その後ろにグウィネスを抱えたスティーブが乗り、そこで巨狼は地を蹴った。
一足で家の外に駆け出し、宙を踏みあっという間に空の向こうへ消えていく。速い。それを見送り、猟矢はヴィリを振り返った。
「ヴィリ、休息の丘ってなんだ?」
「え、そう言ってたのかよ」
結局、最後まで砂語はわからなかった。ゼフィルの描いた絵を踏み消してしまった罰として耳を引っ張られるハーブロークがそう呟く。安心しろ、俺もわかんねぇ。連絡を終えたアルフがそっと同調した。
「レスタダオッカク……言うなれば、墓場だよ」
いつものように砂語で話しかけ、しかし砂語の理解者が猟矢しかいないことに思い至ったヴィリは共通語に切り替えて説明する。喋れるなら最初から喋ってくれという茶々は黙殺。
休息の丘と呼ばれる丘陵はクレイラ島の端にある。丘といってもなだらかなものではない。高く突き立った断崖の上だ。あまりにも高く険しいところにあるため人の足では行くことができない。
「その丘は…私たちシャフ族の墓場なの」
病死、事故死、何に関わらず死んだ者はそこに葬られる。その最期の丘へはクレイラ・セティの背に乗って移動するという神と人が定めた約定があるのだ。神の眷属の背中で死者を抱き締め、最期の別れを噛みしめるのだ。
つまり、今から行われることは。
「グウィネスの葬儀よ」
舞い戻ってきたクレイラ・セティを見上げ、ヴィリは重々しく呟いた。




