表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カミサマが助けてくれないので復讐します 2  作者: つくたん
砂漠の島 クレイラ島
30/176

水槽に投げ込まれた肉食魚

"コーラカル"同盟の旗印は銀髪の女と黒髪の少年。それを認めたミュスカデは待っていたとばかりに笑う。

「"ドッペルゲンガー"!」

ざらざらと空気中に拡散させていた"ドッペルゲンガー"を回収する。砂のような細かい黒の粒子は"ドッペルゲンガー"の本質ではない。借りた能力だ。空気中に散布した粒子を呼吸によって体内に取り込ませ、内部から貫くという仕組みだ。その粒子を回収し新たに能力を"借りる"。

「させナイ! 防御あたわぬ衝撃の刺突剣…!」

「我が身を守れ、万象阻む盾"エイジス"!」

ほんの僅か早くミュスカデの周囲に盾がせり上がる。ゆるやかな弧を描く鉄壁の盾はアッシュヴィトの放つ衝撃波を阻む。それに乗じた猟矢の弓もまた弾く。

「はは! 来た、来た、来た! ようこそ我が箱庭へ!」

凶暴な外来魚とて歓迎してやろう。ミュスカデが笑う。その頬を冷たい風が撫でた。しなやかな銀の髪がちらりと視界に映った。

「"アブソルテゼロ"…氷剣"ラグラス"」

"ラグラス"を握る右手にはめられた指輪がきらりと光った。シンプルなリングはグウィネスがよこしたものである。それは氷を操る武具の威力を上げる補助具だった。

ダルシーが氷の大剣を振り抜く。剣を受けた盾を凍らせて、絶対零度の刃で砕いた。熱砂の砂漠にあってこの威力。がしゃんと氷片と鉄片が飛び散った。

砕けた。だがそれは"ドッペルゲンガー"そのものを壊したわけではない。砕いたのではない。砕かせたのだ。次の"借り物"のために一旦形を崩す必要があった。ざらりと盾だった鉄片が輪郭を崩す。

「歓迎してあげる! ふふ、あははは!」

新たに形を成す"ドッペルゲンガー"を手に、ミュスカデはうっそりと微笑んだ。あぁ、なんと愉快だろう。一度逃した魚がほどよく肥え太って帰ってきた。

「おかえりなさい、アルフ。我が弟よ。歓迎するわ」

そして飼い殺してあげる。水槽の中でゆっくりゆっくり。弟だけは特別な水槽で飼ってやろう。他の魚とは画して、彼のためにしつらえた水槽で。

すべてを欲し、すべてを手に入れようとせんミュスカデが決して持ち得ることができないものを持った弟を。それを持っていなかったゆえにそれに拘泥し、道を誤ってしまったもの持つ弟を。これから先、パンデモニウムも世界も何も万物を手にしたとしても唯一ミュスカデが持つことができないものを持った弟を。

どうあがいてもミュスカデが得られない"血の繋がった両親"というものを持つアルフだけは、特別な水槽の中でゆっくり嬲って飼い殺すのだ。

愉悦の笑みを浮かべるミュスカデの手には十字に組まれた木片。マリオネットを操るための手繰り装置が握られていた。糸の先はどこにもつながっていない。ぷらりと揺れる糸を手繰る。

「ベルベニ族のお嬢さん、眠らせてくれてありがとう。おかげで"気狂いの人形たち"が使えるわ」

おかげで地面に転がって寝こけているレッター級どもをマリオネットにできる。ミュスカデが木片を手繰ると、それに応じて地面に転がっていたレッター級たちが不自然な動きで起き上がった。

"気狂いの人形たち"。それは意識を失った、あるいは眠っている生物に見えない糸をかけ操る武具だ。生き物であれば人間だろうがなんだろうが対象にできる。一度操りの糸をかければ自切は不可能。術者の思いのままに操作されるしかない。

肩のあたりに紐を吊り、それを引っ張ったかのような歪な起き方で立ち上がったレッター級の雑兵たち。その目はしっかり閉じられている。夜の女神"ノート"が落とした眠りの淵から目覚めてはいないようだった。

かたかたと人形のように、糸に操られるままに彼らは動く。操った人間の武具の操作まではできない。名前もないような鉄剣だの何だのの最低級の武具の発動ができるかどうかというところだ。だが、素手でもこの数の人間が一斉に動けばそれなりに戦えるのだ。人海戦術というやつだ。

「さぁおいで。我が箱庭はなんだって歓迎よ」

だってすべて私の物なのだから。恭順も抵抗も愛おしい。"強欲"ミュスカデは笑った。

そういえば奴らは何処に行った。ミラなんだったかそんな名前の連中だ。気持ち悪い奇妙な言語で名付けられた集団など気持ち悪くて覚えてられない。そうだ、新たに名をつけてやろう。例えばそう、女神ミュスカデ翼賛委員会だとか。

さてこの名誉ある名をつけられたクレイラ島にいた自警団の連中はどこに行った。奴らと合流した"コーラカル"の人間がここにいる以上、何処かで何かしらの抵抗をしているのだろうが。まったくその抵抗も愛おしい。

「ミュスカデさ……まっ!」

玉座の間から短い断末魔。血しぶきの気配。成程。玉座の間に殴り込んだか。ということは奴らの狙いは雷神の眷属の獣か。

あれが解放されると少々厄介だ。一度捕らえた獣など怖くはないのだが、手負いの獣相手に油断してはならない。窮鼠猫を噛むというし、手負いの獣は恐ろしいのだ。

解放された獣が躍り込んでくる前にこの目の前の抵抗を治めるとしよう。ミュスカデは木片を手繰る。

「我が為に歌え、我が兵よ。我が為に戦え、我が兵よ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ