反撃開始
ざらざらと砂が風に乗って流れていく。その音は分厚い石でできた地下通路にもよく聞こえた。
ゼフィルに留守番を任せ、猟矢たちは地下通路を疾駆する。王宮に続くそれは、スティーブたちが王都脱出の際に用いた通路である。王宮の物置部屋のひとつに通じている。砂嵐や地上を哨戒するパンデモニウムの雑兵を避けて王宮に突入するにはこの道を使うのが一番。
「ゼフィルだっけ? 置いていって大丈夫なのかよ」
「あぁ見えても僕たち"ミララニ"の一員だよ」
見た目が幼いからと侮られては困る。膨大な魔力によって肉体の成長が遅れているだけで、両手で数えられそうな年齢のなりをしていてもとっくに成人相応の歳はとっている。三十路に足を突っ込みかねない年齢のスティーブと同じくらいだ。
思考が幼く、死生に関して極端に理解が鈍くとも、留守番を任せられる程度には強い。パンデモニウムの雑兵くらいならば片手で返り討ちにできるほどには。
「それに……グウィネスを一人にはしておけないからね」
"眠る"グウィネスをひとり置いて行くわけにもいかないだろう。ゼフィルはとてもよくグウィネスになついていたし、彼女の"眠り"の番をするにはうってつけだろう。
ゼフィルを置いていったのは幼い少女が足手まといになるからではない。ゼフィルにならグウィネスの番を任せられるという信頼ゆえだ。
「そろそろ王宮だ。準備はいいね?」
走るスティーブを先頭に、その後ろにぴったりとつくアルフが額のゴーグルを下げた。ゴーグルのストラップに提げた銀色のビーズがきらりと光った。
「お、よく視える」
それはグウィネスに与えられた武具だった。ゴーグルに装着することで"観測"のをより使いやすくするためのものだ。より詳しく、より広く。"観測"の領域を広めて精度を上げる。自身の周囲程度しか視えなかったものが今ではより広く視える。王宮の内部全体がすべてアルフの観測可能領域だ。
「クレイラ・セティは玉座で……ミュスカデは…なんだ、玄関ホール?」
事前にスティーブに教えてもらった王宮内部の地図と照らし合わせて目的地を知る。そこに至るまでの最短経路も手に取るように視える。
「物置部屋を出たら右。巡回の見張りがひとり。突き当りを左に曲がった先にもうひとり見張り」
そのあたりまで倒したところで騒ぎになるだろうから、雑兵が群がって来るはず。それらを突破しながら階段を登り廊下を駆ければ玄関ホールに出る。正面の緩やかに螺旋を描く階段を登りその先に玉座の間がある。
ミュスカデは玄関ホールにあたる部分に立っていた。ホールにしつらえられた階段の上に立っている。まるで壇上に登り演説をするように。聴衆だろうか、レッター級の雑兵が何十人か集まっている。
「…わかった」
口布をし、深くフードをかぶったヴィリが静かに頷く。腰に下げた銀の玉の腰飾りに手を添えて魔力を注ぐ。
「"ギ・シリャソフ"」
腰飾りの玉に帯びた薄ぼんやりとした光がヴィリを中心に一同を包む。これもグウィネスの遺作だ。この光に包まれた者はその存在を認識されない。姿はもちろん、発した声や音まで察知されない。
非常に優秀な、それこそアルフが今しがた装着しているような高精度の魔力探知装置がなければ存在を捉えることができない。その辺の生半可な探知武具では探知することができない。
これがあれば見回りの雑兵に見つかることなく交戦することなく玉座の間まで走ることができる。やるじゃねぇか、とハーブロークが口笛を吹いた。
「ミュスカデが玄関ホール、クレイラ・セティが玉座ってことは……」
そこで二手に分かれた方がいいだろう。玄関ホールで猟矢たちがミュスカデと交戦し、その隙に武具で姿を隠したヴィリとスティーブがクレイラ・セティのもとに向かう。ミュスカデは倒せれば上等だが、最悪逃してもよい。クレイラ・セティの救出が何よりの任務だ。だから2人はクレイラ・セティの救出に向かう。
「そうしよう。…そろそろ地下通路も終わりだよ」
そろそろ王宮の物置部屋だ。そっとスティーブが声を潜めた。武具で隠遁しているのだから声を潜める必要はないのだが。気分的なものだ。
「物置部屋には誰もいないな、開けて大丈夫だぜ」
扉の向こう側を"観測"したアルフが扉を指す。スティーブが静かに扉を開いた。複雑な錠はごく一部の人間しか開け方を知らない。
隠し扉が横にずれて道を開ける。物置部屋は王都脱出の際のいざこざで荒れてはいるものの、物資の略奪などはみられなかった。少し埃っぽい室内をそろりと進む。いくら存在を認識されないようになっているとはいえ、侵入は慎重に。部屋に積み立てられている木箱の山を崩してしまえばその音を聞きつけて見張りがやって来るだろう。
そろそろと進んで廊下へ。見張りを避けて階段を登る。徐々に声が聞こえてくる。ミュスカデの演説だろう。内容まで聞き取れなかったそれは、近付くにつれ徐々に明瞭になっていく。
「………の……クレ…ラ………を…私の物……ために…」
うっすら聞き取れるそれはろくでもなさそうな内容であった。事実ろくでもないのだろう。虐殺だの選別だの物騒な単語が聞こえてくる。自身に忠誠を誓う者だけを生かし、少しでも反意ある人間は殺す。そういうことをするつもりなのだろう。
「自分の箱庭にしたつもりかよ」
領主を殺し、その妻を殺した。跡継ぎはいない。島を守護する神の眷属を縛り上げた。それで自分が頂点に成り代わったつもりか。アルフが苦々しく吐き捨てた。
それを受け、ヴィリがそっと呟いた。
「ラゴド、ボクプレイ……キコキン、アクヴ」




