砂に昇る日
それは夜明けにほど近い時間だった。くだらない浮いた話も種が尽き、明日のために眠ろうかと仮眠を取る者が現れ始めた頃。がちゃん、と扉が開く音がした。
「…"マギ・シスのラボ"が開いたね」
それはグウィネスが持つ武具だ。彼女の研究室をおさめた時空間武具。それが開いたということは、グウィネスの使命は果たされたということだ。その扉の音を重苦しい顔でスティーブは聞いた。ヴィリはそっと目を伏せた。
「アキト! サセズったら、なんて顔してますの!」
ややあって、居間に通じる扉を開けて顔を出したグウィネスは憤慨した風で一同を見る。扉が開いた音で跳ね起きた猟矢などは寝起きのせいで寝癖がついている。なんとも締まらない。
「マギ・ラノも大したことありませんでしたわ。この通りゼヴィですわ」
命を削るなどと。言うほど大したことではない。そう言い張るグウィネスの顔色は悪い。体力などとうに尽き、気力だけで立っている状態であるというのは誰の目にも明らかだった。
「……ユストク」
「ヴィリ。ナルはそんなトクしている場合じゃないですわよ」
言い募ろうとするヴィリを制してグウィネスは抱えていた武具を出す。布に包まれたそれがじゃらりと机に散乱した。
「新しいマギラニ……武具についてですわ」
砂語を解さないアッシュヴィトたちに配慮してか、共通語に言い換えながらグウィネスがいくつかの武具を渡す。ダルシーにひとつ、スティーブとヴィリにひとつ。アルフにも渡す。ゼフィルに最後のひとつを。
猟矢やアッシュヴィト、バルセナとハーブロークには渡さなかった。さすがに全員分は作れなかった。ぱっと見て武具での戦力補強が必要だと直感した者の分だけが精一杯だった。
「扱いには十分気をつけてくださいな」
それがどんなものであるか、どういう能力を秘めているのか。今触れた瞬間に直感で理解したはずだ。だから一から十まで説明する必要はない。
「あぁ。…ありがとう、グウィネス」
「どういたしまして。このテッド、カッニでしたわ」
命を削るなどとは"蛇の魔女"も大げさな。再び軽口を叩くグウィネスの顔色は先程よりいくらか悪くなっている。最後の持ち物である気力さえ急速に失われようとしていた。完全に尽きてしまう前にすべて引き渡さなくては。
「ライ・セイレを召喚するマギラニですわ。手紙はこちら」
材料の都合で5つが限界だった。そう言ってグウィネスはそれを渡す。装飾品に加工してすらない、指先に乗る程度の小さな銀の玉だった。
この武具を用いて精霊を召喚し、手紙を託してエルジュに届ける。精霊たちを見送ればスティーブたちはクレイラ・セティの解放のため王宮へ向かう。それに猟矢たちも随伴していく。バハムクランより出された任務はクレイラ島の現状視察だが、ここまできて帰るほど薄情でもない。それに、外部と連絡を取るためにグウィネスが文字通り命を削った。それならばこちらもそれ相応に返さねばならない。
「アリガト。…コレって誰でも喚べるノ?」
「えぇ、魔力の相性については結構緩くしてありますわ」
魔力の質を問わない分、召喚に必要な魔力が多くなってしまった。そうグウィネスから説明を受けたアッシュヴィトは、ふぅん、と鼻を鳴らした。
「じゃ、ボクが喚ぶネ」
この面子の中で最も魔力を有するのは自分だろう。それに、雷神を召喚できる自分ならばその雷神の眷属である精霊たちも命令を聞いてくれるはずだ。
召喚武具は、魔力によって異界との扉を開く。扉を開けたとしても、そこから出てきてくれるかは召喚者の素質による。いくら扉を開けても素質が見合わなければ異界から出てはくれない。出なければこの世には現れてくれない。仮に現れても術者の命令を聞くかはまた別の話。それくらい難しいのだ。
半端な者が召喚すれば、召喚物は命令を聞かず好き勝手に動き回る。雷の精霊は命令など聞かずに手紙を放り出してクレイラの島を遊び回るだろう。
「あ、俺も!」
魔力だけでいうならば猟矢もアッシュヴィトに匹敵する。自覚はないが、周囲の口ぶりからするにどうやら自分は規格外の魔力を持つらしい。それならば扉を開けることはできるはず。命令を聞いてくれるかは自信がない。
規格外の魔力のおかげで扉は開くだろうが、はたして命令を聞いてくれるだろうか。不慣れな者が一生懸命召喚したという気概を買って言うことを聞いてくれればいいのだが。
召喚武具など初めてだ。どう扱うかもわからない。それでもアッシュヴィトひとりにやらせる負担を軽減したかった。渡された銀の玉をそっと握った。




