不可能を可能にする努力
「能力も外見も今までにない新作を皆に作りますわ。それでミュスカデを討ってくださいな」
「っていって簡単にできるもんなのか?」
武具というのは繊細だ。既存のものを生産するだけでも時間がかかる。それに加え、新たな能力を考え出し、望みの効果を発揮するための魔術式を組むとなれば、下手すれば数年単位でかかるものだ。いくらグウィネスが世界一の職人だとしても、そう簡単にできるとは思えない。
ハーブロークの疑問にグウィネスは自信満々に答えた。
「問題ないですわ。不可能を可能にする手段を持っていますの」
「まさか…!」
不可能を可能にする。その言葉にアッシュヴィトがはっとする。少し遅れてヴィリとスティーブがその真意に気付く。まさか、と言い募る言葉をグウィネスが首の動きだけで肯定した。
「え、ちょっと。何よ」
「砂語といい俺らを置いてけぼりにするなよ」
わかる者の間にだけ、ぴりりと走ったこの緊張感はなんだ。事態を把握できないバルセナとハーブロークが詰め寄った。突如として場に満ちた緊迫感に呑まれて猟矢は動けないでいた。何が飛び出してくるんだといくつか予想を立ててアルフが身構え、ダルシーは表情ひとつ動かすことなく事態を見守っていた。
「特効薬がありますの。これを飲んでから製作に取りかかれば一晩で完成しますわ」
それは、わかる者が聞けば告白であった。わからない者にとっては答えになっていなかった。特効薬、とは。
「……"蛇の魔女"」
緊迫した雰囲気でそう答えたのはアッシュヴィトだった。
「サツヤ、覚えてる?」
それはアブマイリの祭りで新生された武具をもらった時の話だ。武器になるのか属性元素を操るのか、それとも何なのか、名前も効果もわからないそれを鑑定するためにとある人物のもとを訪ねたことを。
かの人物はおびただしい時を生き、それにふさわしいだけの知識をため込んでいる。それに頼ればこの武具が何なのかわかるのではないかと。その鑑定の結果、あの武具は"世界の因果を叩き壊す"とんでもない品であると判断がくだったことを。
その鑑定を頼んだ人物こそが"蛇の魔女"であり、その魔女が暮らす場所こそこの砂都クレイラだ。彼女は種族に伝わる秘伝の薬学知識でもって不可能を可能にする。どんな願いでも叶える。実力が拮抗した相手に圧倒的な差をつけて勝利するための力を授けたり、記憶喪失の恋人の記憶を取り戻すようにしたり。ただしその代償はえげつなく、絶望と悲嘆に満ちている。願いのためにすべて失うことになる。
そんな彼女とアッシュヴィトは旧知の仲である。知り合ったのは偶然だが、もしかしたら神がそう仕組んだのかもしれない。なにせ"偶然"だ。
本当に仕組まれたのかはさておき、知人である彼女のもとへアッシュヴィトはよく訪れていた。そのため彼女のもとに"ラド"の転移先を設定している。だからあの時、クレイラ島へ渡れとユグギルに要請された時に渋ったのだ。あの魔女は面白そうだと思えば運命を掻き乱す。そして絶望と悲嘆に満ちた結末をもたらす。大事な仲間たちにそんな運命を巻き込ませるわけにはいかなかった。
そのアッシュヴィトの危惧は彼女の訪問拒否による撹乱魔法でどうやら杞憂に終わったようだが。彼女の種族の掟は複雑で自分の存在の露呈を極度に嫌う。なので撹乱魔法によって入口を閉じ、隠れたのだろう。
話を戻そう。そんな魔女の手にかかれば不可能は可能になる。魔女の薬の助けがあれば、新作などいくらでも作れるだろう。だがしかし同時にそれはグウィネスに待つ運命が絶望と悲嘆に満ちたものとなったことが決定したということである。
「ゼリョ! わたくしはすべてを賭けて努力しますわ」
この薬は一時的に自身の潜在能力を限界まで引き出すという。感覚も思考も研ぎ澄まさせてすさまじい集中力を発揮させる。だが身体にはとんでもない負担となる。過ぎれば死ぬ。適切な服用量は錠剤1錠。2錠で1年ほど昏睡状態になり、5錠もあれば死ぬ。
すべてを賭ける。命をそっくりそのまま賭金にして注ぎ込んでやる。そうすれば願いは叶う。凄惨な運命になると知って"蛇の魔女"の薬を使ってやる。
悲壮な覚悟を抱いてグウィネスは言う。死など怖くはない。最も恐ろしいのは希望が絶たれることだ。希望の灯火をつながなければならない。
このままではクレイラ・セティは死に、眷属を失った雷神が怒り狂い裁きの雷を降らせる。クレイラ島は沈むし、クレイラ島がなくなったことによって世界の均衡は崩れる。均衡が崩れれば待つのは世界全体の死。それを止めなくてはいけない。
世界のあるべき姿を維持するため。そのためなら死とて怖くはない。世界のために自分の命が踏み台になるのなら本望。その覚悟に猟矢たちは何も口を差し挟むことはできなかった。別の手を考えようとも言えない。これが最も最善なのだ。
「ですから、あとのことは任せましたわよ」




